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テーマ:ささやかな幸せ(6740)
カテゴリ:zen
今日の日中は、小春日和を通り越して4月初旬の暖かさ。 1月だというのに、不気味ささえ感じる今日この頃です。 とはいっても、我が家の室内にいる限りは、北向きで日の光がささないために、底冷えのする寒さなのですが・・・・。 おまけに、ちょっとこれ黄砂じゃない?と思えるほどの霞みっぷり。(気象庁はNOと言っていますが・・・・。http://www.jma.go.jp/jp/kosa/) じゃあ、花粉なわけ?(環境省もまだまだだと言っていいますが・・・。http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=9214) でも、なんだか空気が重たくてザラザラして・・・・。 色で言えば、「ザラザラと目の荒い麻布のような白」 味で言えば、「重たくまったりとした、喉にまつわりつくような味」 まぁようするに、「気色悪い!!!!」と言った感じのする空気なのです。お陰で、喉はいがらっぽいし、鼻はムズムズするし、目はコロコロするし・・・・。「厭な感じ!!」が拭えません。 体調が優れないと、メンタル面も引きずられてしまう未熟者で、『コタツに蜜柑』で亀のような一日を送りたいと思ってしまう軟弱な心なのですが、そこはやはり日々習練している賜物でしょうか。(『鍛錬が足りないから軟弱なんじゃぁ!』と魂ちゃんの声が聞こえてきますが、そこはあえてカット) ぼーっと眺めていた雑誌から、思わぬプレゼントを頂きました。 その雑誌とは、「ku;nel」。 本来は巻頭特集である「家」の事を読みたくて、先月買ってマガジンラックに入れていた物。年末年始の忙しさに押されて、読みたい所だけ読んであとは積読しておいたものです。 その雑誌をパラパラめくっていて、今日目に飛び込んできたのは、「ガールスカウト」の特集記事。 ちなみにガールスカウトの詳細はこちらで。http://www.girlscout.or.jp/ 空色の制服に身を包んだ、幼い少女達が笑顔で整列する写真の横で踊る『ガールスカウトになったら。きれいな心と何でもできる手。』のキャッチコピー。 ガールスカウトの真髄は、『人間より大きな存在を認められる謙虚さ。自分の住む社会に対する責任意識。そしてこれが、あたりまえでありながらも素晴らしいことだと思うのだか、常に人の役にたとうとする心を持って、それを行動に表すこと。』 まさに、この真髄は人生の真髄。でも、悲しいかな今の世の中ではこの真髄を守る事も、伝える事も難しい。 『例えば昔、年少のブラウニーは妖精とされた。お母さんが見ていないところで家のお手伝いをし、お母さんを喜ばせる妖精。そんな風に言われたら、少女なら誰だって喜んでお手伝いを探してしまうだろう。』 ちなみにまぁちゃんで試したら、びっくりするほど妖精になりきっております。 ガールスカウトの根幹をなすのは・・・・。 『やくそく 私は 神(仏)に対する務めを行ない 地域と国と世界への責任を果し 人に役立つ事を心がけ ガールスカウトのおきてを守ります。 おきて 1 私はいつも明るく、勇気を持ちます。 2 私はいのちあるものを大切にします。 3 私は全ての人の友達となり、他のガールスカウトとは姉妹です。 4 私は礼儀正しくします。 5 私は時間と資源を大切に使います。 6 私は自分で考え行動します。 7 私は言葉と行ないに責任を持ちます。 8 私は誠実であるように務めます。』 子供の社会も、大人の社会も問題が山積している現代日本で、子育てしていくのは中々に頭と神経を使うものだけれど、こうして素晴らしい志を胸に秘め日々暮らしている子供達がいると思うだけで、何だか未来に希望が湧いてきます。 そして願うことならまぁちゃんにも、ガールスカウトに入団して欲しいなぁと思っております。 入団できるのは、来年から。 それまでに、またいろいろと調べて、本人にも見せて、こんな生き方がいいなと思ってくれるような子になって欲しいなぁ。 いつも見ているテレビ番組に、「プロフェッショナル 仕事の流儀」http://www.nhk.or.jp/professional/というものがあるのですが、その2006年12月7日に放送されたものに、りんご農家の木村秋則さんの仕事の流儀がありました。 この番組の中で木村さんは、『自分がやる事は、人工的にりんごを育てるのではなく、りんごが本来持っている生命力を引き出し、育ちやすい環境を整えることだ』と述べられています。 これは子育てにも己育てにも言える事。 子育てについて言えば、『環境』とは単に住む場所だけを指すのではなく、食であり、暮らしであり、生き方であり、感性であり・・・・、親である私も含まれる要素。 そうであるならば、また己の育つ環境をしっかり整えて、伸びる芽を正しく育てたい。せっかく蒔いた種智の種が、正しくより良く実るように・・・。 『歩歩是道場』(素直な心さえあれば、どこでも学びの場) 「修行は道場だけでする物ではなく、日々の暮らし、言動の全てが道場であり修行の場である。まっすぐな心を持っていれば、どんなところでも道場。すなわち修行の場である。修行の場はそれぞれの心のうちにあるのだから、場所など関係ない。そのすることなすことの一歩一歩が、仏法修行なのだ。雑念を払い無心に打ち込めば、どんな状況にあっても自分を磨いたり夢に近づくことができるはずです。」(ふっと心が軽くなる禅の言葉 永井政之監修) そうだ!歩歩是道場。 日々の暮らしの一つ一つを、丁寧に心を込めて修行する。 夢を実現するために・・・・、夢を夢で終わらせないために。 何事もまずは小さな一歩から・・・です。
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