「強情」な人は、森田先生が指導したとき、すぐにそれに取り組んでみようというのではなく、家に帰って考えてみると言う。
つまり森田先生の指導を疑ってかかっているのです。
シンクロナイズド・スイミング監督の井村雅代さんも同じことを指摘されている。私、高校生にこう言うんです。(手で三角形を作りながら)今、三角でしょ。
「これ、私がマルって言ったら、「マル」って覚えなさい」って。
「三角ですって主張するんじゃないの。他人の言った言葉にはまれって言うんです」「一度、人の言葉に100%騙されてその気持ちになりなさい」
「これを私がマルだって教えたら「これがマルだ」と覚えなさい。
「これがペケや」って教えたら、「マルやのに」って思わないで「これはペケだ」って覚えなさい」って。「そんな時がなかったら、あかんねん。自分のことばかり言うんじゃないの」
シンクロナイズド・スイミングでは、選手が水上にあげた足の角度が自分の思っている角度と違っていることがよくあります。
選手が30度だと思っていても、実際には15度だったということはよくあります。それは第三者から指摘してもらわないと自覚することはできません。
実績のある先生や指導者に対しては、まずは我を捨てて全面的に寄り添ってみる態度が必要だということだと思います。
自分の技術も能力も未熟なときに、先生や指導者のやり方を否定するようなことを言うのは問題です。
武道の「守・離・破」でいえば、「守」の段階の時は、反発心が湧き上がっても、素直に先生や指導者に従う必要があります。まずは型を覚えることです。
先生の型を完全コピーした後で、自分の考えやアイデアを取り入れるようにする。
「守」を離れて、「離」「破」に進む基礎固めができるのです。
この順序が逆になると「型なし」になります。発展性はありません。
強情な人は、人間関係において、相手の気持ちや考えを真剣に聞くという態度が希薄になります。
そんなことはお構いなしで真っ先に自分の気持ちや意見を述べてしまう。
相手と話がかみ合わなくなります。時には口喧嘩に発展する。
これは相手に「かくあるべし」を押し付けていることになります。
相手を自由自在にコントロールすることにつながります。
森田では傾聴、共感、受容、許容の態度を大事にしています。