彼を忘れないために
彼との出会いは2年半ほど前。 うちの塾の講師となったときだった。 その後、彼とは良好な関係だった。 良好どころか、自分で言うのもなんだが、かなり慕われていたと思う。 彼が、東南アジアの留学から帰ってくるまでは・・・。 彼は今まで出会った人の中でもっとも自分に厳しい人間であった。 彼以上に責任感が強いという人間を見たことがなかった。 それは彼の生い立ちにも関係しているんだろう。 色々と接する中でかなり多くのことを知って行った。 夏期講習などの長期休暇での中3生対象の一斉講習などを毎回のように任せた。 彼は、その講習の中で使うテキストを手書きで作ってきた。 多分、10時間以上かかっただろう。 講習での授業時間以上を費やしていた。 アルバイト講師としてはやりすぎではないかとも思ったが、彼にとってはそうでもなかった様子。 そんな彼から見ると、私はすごく無責任な人間に写ったのかもしれない。 留学で当初予定していた成果を出せずに帰ってきた彼を私は心配した。 しかし、その心配も長くはする必要はなかった。 普段の日常に戻って生活を始めた彼は、ごく普通の大学生に戻ったように見えた。 ただちょっと自分に厳しいだけな・・・ その後、彼は私を敵視するようになった時期があった。 話会い、とりあえずは解決したのだけど、そういう誤解を生んだ私にも責任はあるのかも。 その後、1年以上塾講師をしてくれたところを見るとある程度は、その誤解も解けていたのだと思う。 私としても、そういう関係(敵対→和解)を経て、また深く彼という人間を理解したつもりだった。 そして今年になって、彼は就職活動を始めた。 物事を深く考え、準備を怠らない彼のことである。 業界分析から自己分析。 すべてに関して抜かりなく時間を掛けて行ったのだろう。 だから、内定も確実に出ると思っていた。 案の定、1つ内定を出したと、聞いた。 そして、3月の中ごろ中3生の受験を終え、塾を卒業して就職活動に専念した。 その後彼のブログを見ると、気分の浮き沈みがあるように見えたが、就職活動はそんな物。 私もよく凹んだものだから・・・。 彼のことは全然気に留めてなかった。 そんな先週の火曜日だったかな。 新人講師の教育にアタフタしている普段の塾に彼はやってきた。 彼の手製の社会のテキストを塾にくれると持ってきてくれたのである。 よく見ると彼はすごく痩せていた。 就職活動の調子を聞いてみた。 考えすぎて胃潰瘍になってダウンしていたと言う。 責任感の強すぎる彼は、内定が出ても勤めあげれるか不安だといって苦しんだ。 また持ち駒がなくなることにも不安を覚え、常に説明会エントリーを行い・・・ 自分がいったいどうすれば良いのか考えすぎて、とうとう胃潰瘍にまでなってしまったと。 そして、また働く前からそんな状態になってしまった自分に凹んでいると言った。 そんな彼に、何を言ったら良いか分からなかった。 何気ない会話を交わした。 その後、新人講師が授業を終えたので、その講師の対応をしてりる間に彼は帰っていった。 金曜日の昼。 (3月の終わりの話)女性講師から電話がかかった。 泣きながら話す彼女から、彼が自分の意思で旅立ったことを聞いた。 後悔した。 ほんの3日前、彼はもうどうにもないぐらい助けを求めてたんじゃないのか? 苦しんでいたのか・・・。 そんな彼に何もしてあげられなかったこと。 してあげる力がなかったこと。 金曜、土曜と彼との別れに行った。 残されたものの悲しみが伝わってきた。 あの日一日だけでは無理だったかもしれない。 でも彼とは2年半もの付き合いがあったじゃないか・・・。 その間、ずっと彼にとってこの社会は生き難い。 生き難すぎると感じていた。 でも、何も具体的な行動を起こせなかった。 スマートにクールにできなくても、何かしら体当たりでぶつかることを続けていれば何か変わったかもしれない。 でも、そうしなかった。 そのことが後悔・・・。 私はひとつの決意をした。 彼が背中をおしてくれた。 とにかく、また前に進んで行こうと思う。 同じ後悔を繰り返さないために。