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テーマ:株式投資日記(20510)
カテゴリ:コーポレートガバナンス
欧州ナンバーワンの銀行である、HSBC Holdings Plc はついに125億ポンド(1ポンド138円とすると約1.7兆円)の増資を発表しました。 同行は英国政府の公的資金を拒み続け、独自路線を貫いていました。今回も株主割当増資を優先するそうです(今話題になっているRioティントも既存株主に優先株の発行を再検討していると噂されている)。 したがって、あの「物言う株主」ナイトビンケ(仏モナコに拠点を置く米国人のアクティビスト・ファンドで、資金の大半があのカルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)が拠出する)にも買い増しのチャンス??があります。
さらに、会社側は2003年に140億ドルで買収した米国の消費者金融部門から撤退すると会社は表明しました(買収額と増資額がかなり似通っていますね)。 これは物言う株主の「軍門に下った」のか? 本件にはサブプライムローンの傷の深さとHSBCのナイトビンケの存在と論点が2つあるのですが、このブログらしく後者にスポットを当てていきたいと思います。
ナイトビンケは以下の拙ブログを参照。 金融9月危機、2大英銀の選択 バークレイズとHSBC 08/9/22 補足しますと、07年ごろからナイトビンケは、HSBCは米国個人金融部門やフランスなどの一部欧州部門を撤退して、東アジアに経営資源を集中させろ、とHSBC経営陣に執拗にけん制していました(同行は元々香港上海銀行といって英国の中国租借地の貿易その他の金融を司る由緒ある銀行で、かつては香港ドルを発行する権利があった。香港の中国返還のときに英銀を買収してそのまま英国に本部を移転した。したがって、中国や東南アジア各国に強固な営業基盤が存在する珍しい銀行。The World's Local Bankがキャッチフレーズ)。 その熱の入れようはすさまじく、上位株主の大半を訪問したりセミナーを開催したりして、ファンドの言い分の方がいかに株主価値に寄与するのか、経営戦略上優位があるのかをロジカルに展開していくので、あるものはナイトビンケに賛同し、あるものはHSBCに戦略の見直しを迫ったりしていました。 一方、経営陣は地政学的に米国拠点からの撤退はない、と繰り返し説明していました。 こういった状況がここ2年ほど繰り広げられていて、09年に入ってからも、ナイトビンケは攻撃の手を緩めずに、ゴールドマンサックスとモルガンスタンレーのアナリストレポートを武器に資本の増強と米国個人金融部門からの撤退を申し入れていた模様です。 が、この日ついにその提案通りの決断をしたことになります(注:08年にフランスからは撤退済み)。
この決断を、遅すぎた決断、ととらえるのか、英断と考えるのか(日本人だと、「とは言っても米国だし」というセンチな考えに囚われがち)、とにかく会社側は過ちを認め、かつ、増資に踏み切りました。 銀行側は「この買収はやらなきゃよかった」、「2003年に今の状況を想像することはできなかった」、「銀行業界は様々な過ちを犯した。しかし、いつもすべてがパーフェクトなわけではない」と言い、「社会的信用を再構築するためにも、取締役陣は今年、一切のボーナスを受け取らない」とコメントしています。 過去には取締役のボーナスの査定方法に対してもナイトビンケは鋭い意見具申をしていましたが、今回は取締役陣営の方が辞退しており、この件はひとまずお預けでしょう。
この辺の過ちを素直に認めるところは、良い面ですね。日本人経営者だとどう回答するのかな。さらに政治家や官僚だとどんな感じだろう。ちなみにRBSの経営陣も株主に素直に謝罪していました。 ボーナスを受け取らない、というのは、米銀での避難やRBSの惨状を間近で見ているので、後出しじゃんけん的なところがあるのか、ナイトビンケの睨みが利いているのか様々ですが無難な決断でしょう(HSBCには公的資金が入っていない)。
ただし、ナイトビンケを取り巻く環境も激変していまして、「彼らの影の株主」カルパース自身も今回のサブプライムによる被害が大きく、投資戦略の見直しがされています。運用幹部も次々と入れ替わり、ナイトビンケに追加のファンドがあるのかも見ものです。
割り当ては既存株12株に5株を割り当てるというもので、価格は254ペンス(2.54ポンド)で、金曜日の終値から48.3%のディスカウントとなっています。今日の金融株は大荒れしそうですね。ちなみにロンドンでは20%下落、ニューヨークのADRでも20%を超える下落幅となっています。 もっともこの増資は株主総会の承認事項ですので、決まったわけでもないのですが、HSBC経営陣は発表前にナイトビンケと会談を持ったようですので大方は大丈夫なのでしょう。
日本においてはすっかり影が薄くなったような記載がある(日経新聞によると)アクティビスト・ファンドですが、世界的にはまさにこれから「モノ言い」が通りやすい環境にあると言えます。シティグループも言われなければ、「自家用ジェット」を発注しそうになっていた、とかGMの自家用飛行機でのワシントン入りだとか、取締役の規律の緩みがニュースネタになりやすい環境にあります。 日本でもさすがに増配要求は減少するだろうが、赤字事業やノンコアビジネスからの撤退などの要求の声が一段と高くなるかもしれません。こっちはさらに正論になってしまいます。 HSBCにはナイトビンケという「眼の上のたんこぶ」のような株主がいるので、HSBCの意思決定も比較的慎重になっているように見えます。 カルパースはこういった「アナウンスメント効果」(ナイトビンケを通じて、あのHSBCですらきちんとしているのだから・・・。という風に他社に思わせる)を狙ったのでしょうが、米銀経営陣の惨状を見ていると、やはり直接モノ言わないと効き目が半減するのでは、とも思ったりします。 なお、HSBCの2008年度決算は税引き前利益が199億ドル(2兆円!!)で、これに上記米国ユニットの減損106億ドルを控除した93億ドルだそうです。ちなみにMUFGの公表済みの予想経常利益の3500億円の3倍近い数値です(ここからひょっとして株価次第では持合い株の評価減が控除されるんですよね)。
(経常利益段階ですがMUFGもHSBCの税引き前利益との比較で減益幅は同じになる。ただし、HSBCには米国個人金融部門ののれん償却というサブプライムの巨額損失込みの数字であり、MUFGの減益幅はかなり大きいことを意味しませんかね?? 持ち合い評価損って特別損失だから経常利益の下に来ます。したがってMUFGがかなり厚めに引き当てをつんだのか、日本のクレジット状況が相当劣化しているのかを示唆しているように思いました さらに、コマーシャルバンキング、パーソナルファイナンスなどの小口金融は比較的堅調な推移を示しています。これでも邦銀は証券部門の取り込みをしたいのでしょうかね? 日興コーディアルをめぐって火花が散っているらしいですが) 増資後の自己資本のうち、Tier1(中核自己資本と言われる)は8.5%とMUFGの中間時点の7.6%を約1%も上回ります。ちなみに自己資本比率は11.4%に達するそうです。 HSBC経営陣は「銀行経営において健全性の確保は何よりも重要である」と理解を求めています。2009年度も厳しい経営見通しを表明しています。 さらに増資資金でM&Aを狙っているという話もあります。対象地域は米紙では米国と言われていますが、東アジア重視路線とすれば韓国やひょっとして日本も考えられます。 日本ではかつて東京スター銀行の買収を試みたようですが、当時の株主だったローンスターと配収価格が見合わず、流れたといういきさつがありますし、ゆうちょ銀行との提携という話もかつてはありました。07年ごろ、一旦「日本進出はM&Aではなくグリーンフィールドで」という声明がありましたが、また買収には絶好のチャンスが来ました。
さて、投資家として、HSBC株の購入の時節が到来したかもしれません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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