米自動車業界救済策、成立しなければドルの痛手となるか
米自動車業界は、政府の救済なくしては崩壊の可能性もあるが、自動車メーカーが公的資金による救済を受けなければ危険にさらされるものがもうひとつある。ドルだ。投資家らは現在、世界の景気減速から最初に抜け出すのは米国だろうとみている。しかし、自動車業界が政府支援を受けられなければ、こうした見方は変わる公算が大きいため、数カ月にわたって続いてきたドルの上昇基調は瞬時にも反転する可能性がある。ドルが短期的に大きく下落すれば、世界的な金融危機のさなかにも形成されてきたドルの長期的な信頼感は損なわれる可能性が高い。各国中央銀行をはじめとするドル建て資産の大口の買い手が、安定的な米国債の購入を控えれば、金融支援策や経済対策に向けた米政府の資金調達能力は損なわれることになる。「自動車業界はまさに、規模を理由に破たんさせることができない。米国は、国外からの投資で赤字を補てんしなければならないために、強いドルが国益となる。ドル高は海外投資家を引きつける」とバンク・オブ・ニューヨーク・メロンの為替ストラテジスト、マイケル・ウールフォーク氏は語った。自動車業界の救済がドルにとって極めて重要な理由は、救済策が米経済全体にもたらすとみられる波及効果にある。ゼネラル・モーターズ(GM)やフォード、クライスラーが資金繰りに行き詰まれば、数え切れないほど多くの企業が破たんに追い込まれるだろう。全米の自動車部品メーカーや販売業者が破たんし、失業率は大恐慌時代にみられた15%程度まで上昇するかもしれない。自動車業界の行く末は当面の間、米議会が左右することになる。米民主党は17日、250億ドル規模の自動車業界救済法案を提出したが、共和党とブッシュ政権が反対しているため、民主党のリード上院院内総務は今週の強行採決を取りやめた。つまり、この法案は次期政権および議会に持ち越されることになる。オバマ次期大統領は、自動車業界の救済に支持を表明しているが、自動車メーカーが来年の1月まで持ちこたえられるかという疑問も浮上している。ドル相場はここ数カ月にわたってある種の弾力性を備えており、少なくとも当面は、自動車業界救済法案が採決されない可能性があるとの懸念が、ドル相場に悪影響を及ぼすことはないだろう。ドルは、米経済指標がほとんど明るい兆しを示さないなかでも上昇し、(指標が)悪化したときでさえも上値を伸ばしてきた。米経済指標の弱い数字は、その波及効果でほかの国々もさらなる苦戦を強いられることを示していると、投資家らがみているためだ。世界中の投資家が、ドルを安全かつ「頼みの綱の」投資先ととらえているため、世界的に経済が混乱していることもドルを押し上げている。ドルはまた、米連邦準備制度理事会(FRB)が相次いで利下げする中にあっても力強さを維持している。政策金利が引き下げられれば、ドル建て資産の金利面での投資妙味は後退するが、投資家らの目にはFRBがリセッション(景気後退)に対して積極的な対応を取っていると映るため、利下げはドルの支援材料になっているとアナリストらは指摘している。20日の外国為替市場では、ドルがユーロに対し、2年半ぶり高値に2セント弱まで迫った。ユーロは今年7月に、1.60ドルを上回る過去最高値をつけていた。ただ、米自動車メーカーが公的資金による救済を受けられないという決定を政府が下せば、どう転んでもドルが強いという現在の傾向は消滅する可能性もある。なぜなら、結果として自動車業界が崩壊すれば、ここ数カ月のドル相場を支えてきたような通常レベルのリスク回避では収まらない可能性が高いためだ。米経済にとっては、米証券大手リーマン・ブラザーズの破たんよりも一段と直接的な影響が及ぶ公算が大きい。リーマン・ブラザーズの従業員はおよそ2万5,000人だったが、米自動車業界はその10倍の23万9,000人の従業員を抱えており、77万5,000人の退職者に年金および医療給付を行っている。確かに、自動車業界が救済されなければ、ドルの痛手となり得る財政赤字の拡大を、米政府が阻止するとも見なされるため、ドルの支援材料になる可能性もあるだろう。しかし、こうした考え方が世界大恐慌を必要以上に悪化させたことを勘案すると、政府当局がこうした見解をとるべきではないと、アナリストらは指摘している。FRBは1930年~1933年にかけて、銀行が相次いで破たんしたにもかかわらず金融引き締め政策をとったため、金融システムの流動性は枯渇しても補てんされず、状況は悪化するばかりだった。ここ数カ月続いているドル高基調は、終わりが近いかもしれない。ドル高は単に、高リスク資産の持ち高解消と、従来持ち高の形成に使われていたドルへの回帰を手掛かりとしてきたに過ぎない。ドル相場は近い将来、市場の不安心理ではなく、ファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)から材料を得る必要があるだろう。こうした点からも、自動車業界の救済策が成立しなければ、不安心理が解消されることはない。