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カテゴリ:Trip 旅行・観光
もう2ヶ月も前になってしまいますが、次の旅も控えているし、広島は格別なので書こうと思います。
原爆が実戦にて世界で初めて投下された広島市、そして呉市には呉海軍工廠があり戦時中戦艦大和をはじめ多くの船舶が建造されました。そして、核兵器の被害から復興した都市広島。 なぜ戦争という手段を取るのか(背景・目的・結果) 戦時中の首脳陣の思考 戦時中の国民の思考・生活・犠牲 戦時中の技術の昨今への反映 戦略と技術 兵卒側・将校側から見た戦禍 戦艦・潜水艦の生涯 などなどの観点から、興味があり、戦争そのものが好き、戦争という手段に賛成という訳ではありません。 これらの理由から、念願の呉市訪問でした。 今回訪れたのは 大和ミュージアム てつのくじら館 歴史の見える丘 呉市入山船記念館 歩き慣れない両親を伴っての旅には、かなりの制約・・・ ☆大和ミュージアム(オフィシャルサイト) ↑ 入館してすぐの1階に展示されている1/10スケール(約26M)の戦艦大和 1階 呉の歴史-呉海軍工廠の歩み、呉市の戦時中と戦後などなど 大型資料展示室-零式艦上戦闘機62型(いわゆる零戦)、特殊潜航艇「海龍」、93式魚雷、特殊兵器「回天」などの展示 ミュージアムショップ-書籍、グッズ、写真集などの販売 2階 大型展示が1階にあるので吹き抜けとなっており、1階から2階へ通じるエスカレーターの所に戦艦、巡洋艦などの船舶の模型が展示されている 3階 テラス-向かいにあるてつのくじらが一望できる 展示室-「船を作る技術」「未来へ」 4階 ライブラリー、市民ギャラリー メインは、1階! 戦争と呉市と海軍工廠 大和が建造され、沈没するまでの生涯 大和が参加した戦線 大和乗組員などの遺品 日本の技術力 などなど、ここでしか見られない資料の数々。 しかも、歴代艦長や乗組員たちの写真もあり、大和以外の戦艦・巡洋艦なども多く取り上げられています。 実は、私が1番好きな戦艦は大和ではなく、長門・・・この長門については、また後ほど。 大和は実際建造については機密にしており、その機密性から、あまり多くの資料が残されていないのです。が、1番人びとの心を捉え研究されているのが大和です。なので、戦争に興味はなくとも大和の存在をご存知の方は多いでしょう。 大砲を持つ戦艦同士の戦闘から、空母から艦上爆撃機が飛び立ち、空襲する空の戦いへと時代が変わっていった中、日本の技術の最高峰であり傑作である大和が、沖縄特攻へ駆り出され、その目的も果たさないまま、沈んでしまう。 決して「不用の長物」ではないと、大和ミュージアムを訪れ再認識しました。 技術や、戦略を生かすのも人間。またその人間を動かすのも人間。 大和の1/10のほか、実際の零戦を修復した「零式戦闘機62型」、昭和20年にロケット弾の直撃により沈没し引き揚げられた「海龍」、実際の魚雷、人間魚雷と呼ばれた人間が乗り操縦し敵に体当たりする魚雷「回天」なども展示されています。 特に零戦は想像より小さく、がっかりしたのではなく、こんなに小さなものに乗り攻撃または特攻していたんだと、驚きました。それは、回天や海龍もしかりでした。 呉市の歴史についての展示は、終戦を迎えるまでの呉を知ることができ、また呉で建造された艦艇が参加した戦闘についてや遺品もあり、雑誌や書籍で見る写真とは違い、感無量でした。 また2階へ上がる途中にある、艦艇の模型が展示! プラモデルのレベルでいいので、自分もあんな風に集め並べて眺めたい! 3階の船を作る技術の展示は、子供でもわかるような体験式の展示がたくさんありました。艦艇を操縦する体験ができるものもありました。呉は戦後、タンカーの建造を行っていますが、戦時中の技術が今もこうして生かされているのを確認できました。 大和ミュージアムだけでかなりの量になってしまったので、入山船記念館、歴史の見える丘、てつのくじら館はまた近日中に・・・ ちなみに、大和ミュージアムの正面には、長門の姉妹艦であるこれもまた沈んでしまった戦艦陸奥のスクリュー、主砲身などが保存されています。 これの写真をうっかり撮り忘れたのが、超超後悔であります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 25, 2008 12:54:47 AM
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