テーマ:小説書きさん!!(628)
カテゴリ:創作メモ
**主要登場人物 他** 頼元・五条殿・外記・少納言→五条(清原)頼元 宮→懐良親王【後醍醐天皇皇子】 御息所→懐良親王母【二条為道女】 少将→御息所付きの女房名 良氏→五条(清原)良氏【頼元の息】 大塔宮→護良親王【後醍醐天皇皇子:宮の兄】 足利の左馬頭→足利直義 先帝→後醍醐天皇 小龍丸→少将の姉の孤児 <物語の前に:蛇足> 時は室町初期。 鎌倉幕府の内部分裂の隙に乗じて、建武の新政を提唱し、都に王朝の昔を復活させることを夢見た後醍醐天皇だったが、その政策の限界を足利尊氏に見定められ立場は逆転。 ついに皇位を追われ、叡山から吉野へ移るといった政変がおこったころ。 都にはすでに、後醍醐天皇の力は及ばず、足利体制が敷かれつつあった。 後醍醐天皇は、一旦勢力をそがれたものの、多くの皇子を各地に分けて、足利体制に不満を持つ武士をして、都を包囲するべく時を待っていたが、知力体力を兼ね備えた大塔宮(護良親王)が北陸で足利直義に討ち取られ、またも挫折。 しかし、それでも諦めない後醍醐天皇の倒幕の思いは、まだ幼い懐良親王に向けられたのである。 雲煙の宮 出京の条(その四) もはや、宮をお守りするものは自分しかいないというせっぱ詰まった思いに、ふとよぎる面影があった。権大納言の三位と呼ばれた御息所は、遠い記憶の彼方にあった幻影。言葉さえも交わしたことのない人であるのに、それは頼元の心を突き動かし続けるに充分な存在だった。 宮の袴着を行った頃は、先帝の許に百官が集まり、まさしく我が世の春の日差しが降り注いでいたものだった。それが、今になってこのような姿となろうとは。 これから先、如何なる苦難が立ちふさがることになるのか。 先帝の皇子というだけの、この幼い子に何の力があろうか。この世はすでに、規律の乱れた末法の世なのだ。承久の昔、帝を遠流の刑に処するという勝事がおこってから、都では信じていくべき道さえも消え去った。武家は公家を凌駕し、慇懃無礼な振る舞いをしても、それに反発できなくなった。都は常に鎌倉に遠慮し、顔色を伺い、皇系さえも鎌倉の意のままになってしまった。 そんな世が続き、煮え湯を飲まされることにまで慣れてしまった事を、先帝は覆そうとなさった。いにしえの延喜天暦の聖代に、もう一度戻れるものならばと。 けれど、それはすでに還る所のない幻の都。遠い憧れだけの幻想だったのか。気づいていても、それを受け入れられない最後のあがきが、乱れた世をさらにかき回していく。 今、皇子であるという血筋が、どこまで通用するというのか。 あれだけ年長け、勢いのあった大塔宮でさえ、無念の御最期を遂げられたことを思いだせば、おのずとこの幼宮の行く末は思い合わせることができるではないか。 頼元はそっと寝入っている宮の傍らに、音を立てないようにすり寄った。 先の見えない、幾多の艱難辛苦に身を痛められるのは、忍びない。 名も無き雑兵の刀の露と消えてしまわれたら、それこそお痛わしい。 月の輝きに透ける宮の純真な寝顔。それは今の世にあって、これ以上の至福はないと言わんばかりの安らぎの表情だった。この子供めいて溌剌とした皮膚の、柔らかな安穏が明日からは幻になる。 ならばいっそ、この手で。 今ならなんの苦しみも辛さも感じないまま、穏やかに浄土へ向かわれるかもしれない。私は罪を被ろうとも、宮の御身には、と頼元はさらに宮の傍らににじり寄った。 かさり。 小さな音が耳に入って、頼元はその音がした方に、さっと顔を向けた。宮の寝所の向こうに蠢く小さな影が見えた。そこには同じように横たわる小龍丸が、半身をもたげてこちらを見ている姿が、か弱い月の光に薄く透けて頼元の目に入った。その突き刺すようなまなざしに射られて、頼元は現に引き戻された。 気が付けば、宮の寝顔に覆い被さって、その細い首筋に今にも腕を伸ばそうとするところであった。はっとして正気に戻った頼元は膝を正した。 頼元のためらいが伝わったのか、小龍丸もゆっくりと音を立てずに伏せる。身体を返して、頼元に背を向け、夜具を引き上げる白い手の動きが、頼元にみせつけるようにことさら大袈裟に見えた。 頼元は冷静に後ずさりし、寝床の側までくるともう一度月の姿を仰ぎ見た。 なんということをしようとしたのか。 自分の中にもう一人の自分がいて、それを制すことのできない心弱さを頼元は恥じた。しかし、闇の向こうで背を向けた小龍丸のあの目には、胸の奥をみすかされたようで、今頃になってどっと汗が噴き出す。何時から見ていたのだろう、そう思うと今更ながら恐ろしかった。たとえ魔に魅入られていたとしても、許されぬことをしでかそうとしたのだから。 頼元も、ゆっくりと宮の傍らで横になった。すぐには眠れそうにもないけれど、固く瞼を閉じてみた。 今ここですべてを葬り去ってしまえば、気も楽になれよう。宮も苦しまずにすむかもしれない。しかしこれが、宮の御為になると言い切れまい。もし都を離れてさすらいの日々を暮らし、下賤の輩と交わられることになろうとも、一部の望みのある限り、それに賭けてみなければならない。 望み。 それはまさしく、この乱世を生きのびていく望み以外に何があろうか。 頼元は自分のしようとしていたことを、また一層恥じた。幼い宮の行く末を、自分の勝手で虚しいものにしようとした自分が愚かで、情けなかった。 雲間に隠れようとする月。 その皎々として青白い光が、頼元自身の力なさに見えた。そして、何かと弱気になっている自分自身の戒めに思えた。先帝の御意をお受けした時の、強い誓いと奉公の心を、忘れてはならない。薄れさせてはならない。 もっと、強い心を持っていなければ。本当なら、小龍丸の役を自分が務めなければならないのだ。宮の御為ならば、私こそもっと強い自分にならなければと、頼元は闇の中で大きく息をついた。 >>5へ続く >>1へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.05.21 11:16:55
コメント(0) | コメントを書く |
|