「彼の生まれたわけ」
暗いです。黒いです。グロいかもです。長いです。「君にだけは話しておこう」 青く光を弾く髪に灰色の瞳。柔和で中性的な顔。それに白を基調としたローブを羽織る。だが、持つ空気からかなぜか男だと分かる。そんな不思議な雰囲気の青年。彼は淡い光に満たされた部屋で、向かいに座った黒髪の少女に話しかける。「あの子の存在と、僕の罪について」 少女は青年の気に押されてか、幾分強張った顔でそれを聞いた。「あの子は、僕以外の家族を持たない。そのくらいなら知っているだろうし、そんな境遇はどこにでもある。ただ、あの子の生まれは……生まれ方は特別なんだ」 変わった言い方に少女は首をかしげた。しかし青年はそれを当然の行動だと、何も反応を見せずに先を続けた。「通常天使は、母親から生まれる。それは人でも他の生き物でもほとんど同じだね。ただ、少し違うところは、両親が母親の体内に力を注ぐことで子供が出来るんだ。その力が命を成すまでに蓄えられたとき、魂が宿る。そして母親の胎内で育ち、体を得て、生まれてくる。それが天使の生まれ方。簡単に言うとね。 しかし、あの子の場合はそうじゃないんだ。本来の生まれ方をしなかった。 まず、あの子には母親がいない。あの子が今母親といて接しているのは僕の母親というだけで、本当の母親ではないんだよ。 じゃあどうやって生まれたのか、聞きたそうな顔をしているけど、まずはその母親の話からさせてもらうよ? 母さんは、精霊から天使になったひとりだった。もともと力の在る風の精霊だったらしくて、そのために、風を司る天使達を束ねる立場にあったんだ。しかも活発な性格で槍を持たせると、敵うもの居なかった。だから武将としても活躍していたらしい。 そこに、ひとりのまだ若い青年が現れたんだ。神の御前試合で、将に新しい騎士が挑むと言うものだ。それが父さん。母さんは自分には及ばないものの、若いながらも素晴らしい腕前を持っている、と見初めたそうだよ。父さんは水を司る一派の嫡子でね。そちらも元は水神まで行く血筋で、結婚も血筋や能力を見てしていたものだから、水の力は衰えることなく父さんの中に流れていた。しかも父さんには兄弟がいるんだけど、父さんが一番力を持っていたらしい。そんなんだから二人が結婚するときは大いにもめたそうだよ。力のある天使とはいえ、他の力。せっかく丹精込めて育ててきたのに他の力と混ざってしまえば力は薄くなってしまうのだから。だけど、遙か昔から精霊としてこの世界を守り、さらに今は力ある天使として多くの天使をまとめている。そんな人には敵うはずもなく、『私が責任をとる』と言って承諾させたそうだよ」 クスクスと笑う青年に、少女も肩に入った力を抜いて微笑する。「強い方ですね」「そう。強い人だよ」 青年も嬉しそうに目を細めた。 しかし、すぐにその笑みは悲しみに変わり、泣き笑いのようになった。「でも闇の力には勝てなかった。 数えるのもバカらしいぐらい昔、ある戦いで、母さんは体を亡くしたんだ。不幸中の幸いとしては、普通の天使ならば魂も一緒に失われてしまうところを、母さんは力があったおかげで、なんとか魂の消失は抑えられ、今は新しい体が成長するのを待っているところだよ。でも、もう天使になることは出来ないだろうね。それほどの力はもう残っていないから。 もちろん父さんは悲しんだ。そのときまだ幼い弟と妹がいてね。父さんと僕は必死になって育てたよ。もう失うことがないように。ふたりが失う悲しみを味あわないように。 その後も闇との戦いを続けながら年を重ねていくうちに、幼かったふたりも成人し、騎士となり、母さんのかわりに将となっていた父さんの側を守るまでに成長したんだ。僕も母さんに武術は叩き込まれてたから騎士になっても良かったんだけど、母さんの力が強く出たお陰で、力が他の天使に比べて大きかったから、そっちは父さんたちに任せて、術士としてサポートをする方を選んだんだ。だから常に三人の後ろ姿を見ていたな。僕が手助けをしなくても、父さんを守りながら敵を倒していく姿は、少し寂しかったけどとても誇らしかったよ。 ……でも、それも崩れてしまった。 ある谷に闇の軍勢が集結していると聞いて、父さんの率いる天使の軍もそちらへ向かったんだ。もちろん僕も付いて行ったよ。だが。だが……勝てなかったんだ。 その軍勢を率いていたのは、あの母さんを殺した奴だった。父さんはもちろん、僕も奴を必ず殺してやろうと挑んだよ。でも、僕は後ろに居たのが仇になった。向こうには僕のことが知られていたらしい。僕が父さんのところに駆けつけないように。少しでも父さんが不利になるように、他の魔族が間に入ってきて邪魔をしたんだ。だから、駆けつけるのが遅れてしまった。たかがあの程度の魔族、もっと早く片付けなければいけなかったのにね。その間に、弟達は殺され、父さんも息も絶え絶えで、二人を追いかけるところだった。何とかしてあいつのところまで辿り着いたけど、僕には父さんを守るので精一杯だった。情けないことに、ね。でもそこに、リヴィスが……リヴァリウス様が来て下さった。リヴァリウス様はあいつと戦い、地の底へと追い詰めて行った。僕はその戦いに加わることが出来ないとわかっていたから、悔しいけれどあいつは任せて、父さんに駆け寄った。でも、もう手遅れだった。それでも気力を振り絞って、僕と母さんに一言ずつ言って笑ってくれたよ。もう、今にも魂が体を離れるところだった。僕は、そこであることを思いついてしまったんだ。ここで父さんの魂が抜けてしまったら、皆僕をおいて行ってしまう。たしかに母さんに会うことは出来る。でも、肉親と言うものを失ってしまう。なんとかして、父さんだけでも。いや、父さんじゃなくてもいい。肉親を。そう思い、父さんの体が死んでしまう前に、僕の力を注ぎ込んだんだ。親が子供を望むときのように。 父さんの魂はすぐに抜けて消えてしまったよ。でも、体は生きていた。僕の注ぎ込んだ力で。生き残ってしまったんだ。だから僕はさらに力を注いだ。僕の力を全て使い切っても良い。そう思いながら力を注ぎ続けた。さらに、おぞましいことに父さんの周りに倒れていた弟達の力も使った。少しでも、力がほしかった。力の蓄えられた髪を切り取り、血を絞り取り、父さんだったものに注ぎ続けた。そのうち形が崩れ、出来損ないの人形のような形になった。それでも、僕はとても嬉しかった。思わず涙が出てしまうほど嬉しかった。でも魂が宿っているようには見えなかった。だから、あとからやってきた天使達の目を盗んで、ある山の上に在る神殿へ向かった。そこには母さんがいた。 神殿の中には好都合なことに、母さんしか居なかった。だから、母さんにそっと話しかけた。まだ母さんはまだあまり力を取り戻していなくて、何とか姿を見せられるといったところだった。でも、母さんは僕が抱えているモノを見て、すぐに事情がわかったようだった。僕にとっては好都合なことに。母さんはとても悲しそうだった。それはそうだよね。魂はないとは言え、最愛の夫と、可愛い子供達がこんな塊になっているんだもの。母さんは悲しげに、それに手を伸ばして涙を落とした。それに。 その時。その涙に含まれた心か、力か、何かに反応して、魂が宿ってしまったんだ。皮肉なことにね。もうそうなってしまっては、それを育てるしかない。命を奪う訳にもいかないからね。 僕が育てては怪しすぎる。だから母さんが引き受けてくれたよ。僕が最後に父さんの力を受け取り、母さんに渡した、ということにしてね。そのあとは毎日のように通ったよ。必要とあれば自分の力を注いだ。母さんにはそんな力がなかったからね。僕の中にある風の力と水の力を満遍なく、出来るだけたくさん注いだよ。それを見る母さんも悲しそうだったなぁ。でも僕は必死だった。その子が、僕に残された唯一の肉親だったからね。 そして、普通の子供よりも長い年月をかけて、やっとあの子は生まれた。周りから見たら、とても普通の子供だったよ。父親は居らず、母親は精霊というところを除いてね。 でも流石に神には真実を伝えるしかなかった。もっとも神々は僕の行為に気が付いていたようだけれど。それでもごくごく普通に接してくれたよ。それどころか親代わりにと、剣術を教え、勉強を教え、様々なことを教えてくれた。しかもあの子はあの父親に、僕の力、弟達の力を注ぎ込んだものだから、普通の天使ではありえないほどの力を持っていた。それの対処も考えてくれて、まず封印をし、本人には制御方法を小さな頃から教えていってくれた。きっと僕ひとりじゃあんな良い子に育てられなかったね。今では武神に鍛えられた剣術で僕と共に神々や精霊だけじゃなく、天使や人々を守っている。こんなに嬉しいことはないよ」 穏やかな笑みを浮かべる青年は、自らが涙を流していることに気が付いているのだろうか。少女はその一言では言い表せない表情に、眼を合わせられずに俯いた。青年はその行動に苦笑いをする。「軽蔑するかい?」「いえ」 慌てて首を振る少女に、隠さなくても良い、と悲しく笑い、「僕は後悔していないよ。あの子は僕の命なんだ。たったひとりの、大切な大切な弟なんだ。僕はこの命をかけてあの子を守ると、全ての神に誓ったんだ」 晴れやかに笑う青年の涙に、少女も、思わず涙を零した。