追憶の旅～あなたがいた季節～

何年も前のこの季節、

私とボスは初めての旅行に行きました。

とは言ってもその頃は付き合ってもいなかったので、二人きりではなく、

こちらは私と私が当時勤めていたお店の女の子二人、

男性は、ボスとボスの取り巻きが二人の、

計６名の旅行でした。

それまでの私は、お休みをお客様と過ごすなんてことは皆無でした。

生来の（？）生真面目な性格のせいか、

休日は、仕事に疲れた身体を休ませることと、

子供たちとの団欒に終始すべきと決めていたのです。

だからその時の私にとっては、

旅行になんて、興味も、ましてや行く気もありませんでした。

なんで行くことになったのか、はっきり覚えてはいませんが、

ただ、なんとなくだったと思います。

正直その頃は心身共に疲れていたので、

ノリで投げやりになっていた気もしますし、

多勢だったのも安心感としてあったのかもしれません。

日曜のお昼にボスとボスの連れ二人に迎えに来てもらい

高速の駐車場で他のメンバーと合流し出発しました。

目的のホテルに着く前に

地ビールとおつまみがおいしいと評判のあった、

ビール館に立ち寄りました。

皆で会話を弾ませながらの旅の途中のお酒と軽い食事は

その頃の私の日常では味わえない開放感と発見に満ちていて、

この旅に半ば強引に誘い出してくれたボスに

心底感謝したのを憶えています。

ビール館の中でも、自然の豊かな夕暮れの敷地内を散策しながらも、

私とボスは自然に肩を並べていました。

私は警戒心が強い方なのに

あんなに自然に打ち解けて話せたことが、

当時はなんだか不思議な感覚でしたが

ボスを深く知った今となれば、むしろ当たり前に感じます。

『ボス～、ありがとうね。ホント、ありがとうね』

『もう、さっきから！何回もいいから』

『でも、こんな楽しいの、久しぶりやから』

 『そんなに喜んでくれるとは思わんかった』

『私、なんか、今、すっごく幸せやわぁ！』

『そんなに喜んでくれたら俺まで嬉しくなってしまう』

『あ～来て、ホント良かった』

『俺も一緒に来れて良かった、来てくれてありがとう』

何度もそんな会話をしました。

そして向かったのはある温泉地にある会員制のホテルでした。

到着したのは夕方６時前後でしたので外はほぼ暗闇でしたが、

その暗闇の中に煌びやかにライトアップされたホテルは

いかにも豪華そうに浮かび上がっていました。

それは素晴らしいホテルで、

当時の私は興奮したものです。

時間も時間だったので、お風呂もプールも早々に切り上げ、

私達は繁華街で食事をしようと街へ繰り出しました。

また皆で程よく酔い、ホテルに着いても部屋でまた飲みました。

部屋は当然男性と女性は別で、いくつも部屋をとってありましたが、

結局、夜明け近くまで一つの部屋で飲み明かしました。

このなんの変哲もなく、艶っぽくもない旅行が、

ボスとの初めての旅行でした。

でも、付き合ってだいぶ経ってから、

『あの旅行で、俺はママがもっと大好きになった』

とボスは事あるごとに話していました。

私もそうでした。

それまでボスのことは、お客さん、という括りではなかったけれど、

父親のような、よき話相手、相談相手、であったのが

あの日を境に、

必要な人

と思い始めました。

行った理由も、行き先も、

それほど重要ではなかったあの旅の中で

私は、求めてもいなかった、思いもかけなかった

『光』を見つけたのだと思います。

つくづく、人生って本当に不思議だなと思います。

この日を境に私達は、

思い出を、まるで急いで作らなければならないかのように、

それぞれの季節の中で、たくさんの旅をしてきたのです。

また、あの私達のスタートの季節が来ました。