テーマ:東海テレビのお昼ドラマ(184)
カテゴリ:昼ドラ
「くそっ!」髪を振り乱し、俺は自分の部屋で荒れた。
両手でデスクを何度も叩き、酒を煽る。 俺とした事が、浅はかな思いつきで行動した結果がこれだ。 不破の思考を考えたらこうなる事は目に見えていた。 なのに何故、俺はあんな事を言ってしまった?! 俺はあまりに軽はずみな自分自身に酷く苛立っていた。 そこに扉をノックする音。 扉を開けると、弱々しく類子が入ってきた。 俺は誰も見ていないかと、外に注意を払って類子を中に入れた。 「どうしたんです?こんな夜中に・・・体はもう平気なんですか?」 類子「ええ、もう。貴方が部屋まで運んでくれたそうね。ありがとう」 いつになく類子は素直な表情をしている。 病み上がりのせいか、やつれた顔がある種の美しさを見せている。 槐「そんな事を言う為にわざわざ?」 類子「それもあるけど・・・いつか貴方が言った通りになったと思って。 ほら、この前。私に隠してる事があるはずだと言った、あの時」 類子が苦しそうに言う。 「私、自分がそんな弱い人間じゃないって思ってた。 どんな傷にも耐えることが出来る、強い人間だと。そう思い込もうとしてた。 でも・・・」 槐「それが、今日湖で倒れた事と関係があるんですね?」 俺はブランデーをグラスに注ぎ、類子に手渡した。 槐「少し落ち着こう」 ブランデーを口にし、落ち着きを取り戻そうとする類子。 類子は告白をする。 「実家は、曽祖父から続くガラス工場だったの。 幼かった頃は、ガラスを溶かす炉の赤い灯が一年中消えることは無かったわ。 でもそのうち、外国から安いガラス製品が大量に入ってくるようになると、 祖父の後を継いだ父がどんなに寝ずに働いても、一度消えた灯が再び点ることはなかった。 そして、私達家族の灯も、同じように・・・ 両親と妹と私。 家族4人を乗せた父の運転する車が海に飛び込んだのは、私がまだ中学生の冬の夜だった。 たまたま睡眠薬入りのスープを口にしてなかった私は、沈んでいく車から抜け出して 暗くて冷たい水の中を必死になってもがいたわ」 類子の目に浮かぶのは、冷たく苦しい水の記憶。 「でも。次第に意識が薄れ、手足が重くなり・・・ でもそのとき、暗い水の向こうに水面に白い船が見えた。 その先はよく覚えていないの。全てが夢の中の出来事のようで」 類子はグラスを両手で握り締める。 「一人になった私は、遠い親戚の家から学校に通い、看護師の資格を取った。 そして看護師になって忙しい毎日を過ごして・・・ でもその忙しさが救いにもなった。働いている間は寂しさを忘れられたから。 そんなある日、怪我で入院していた患者の一人と親しくなって。 松葉杖をついたその彼に、体を屈めて10円玉を拾ってあげたのがきっかけだった。 ひとりぼっちだった私が、家族以外に命より大切だと思えたたった一人の人。 初めての恋だった・・・」 類子は幸せそうな目で遠くを見つめた。 その表情は実に清らかで、苛ついていた俺の心を静かに静かに溶かしていった。 類子は、その手の中に忍ばせていたガラスのふくろうを見つめて言う。 「あの人は言ったの。 『結婚しよう。類子の家族の分まで、きっと幸せになるんだ』って。 私の家がガラス工場だと知った彼は、婚約指輪の代わりに この可愛らしいガラス細工のふくろうを私にそっと手渡してくれた。 『ふくろうは幸福の使者のシンボルだ』って。 幸せだった・・・。 たとえお金はなくても、彼のぬくもりが私の生きる全てだった。 なのに、二人だけで挙げるはずの結婚式の日、いくら待っても彼は来なかった」 類子の表情が哀しみに沈む。そんな目をする類子に、俺も寂しさを覚える。 「事故にあったの。車の衝突事故の巻き添えになって。 病院に運ばれたときはまだ息はあったの。でも後で同僚の看護師に聞いたの。 一緒に運ばれた資産家が、街でも有名な有力者だったからそっちを優先したって。 彼の胸のポケットには、彼の血で染まった婚姻届が残されて・・・」 類子はその頬に、大粒の涙をいくつもこぼした。類子の声が震える。 「その頃私は何も知らずに、彼が来るのをずっと、暗くなるまで待ち続けてた。 結婚式をあげる教会で、ベールを被って、ガラスのふくろうを握り締めて・・・」 ベッドに座った類子は言う。俺は立ったまま聞き続ける。 「私は何も欲張った夢を見たわけじゃない。 私が欲しかったのは、たった一つのぬくもり。たった一つの愛。 それすら奪われて、もうどうでもよくなった。 看護師もやめて、ただ食べる為に退屈な日々を過ごしてるだけ。 でも、不思議と誰かを恨む気になれなかった。 世の中って不公平なものだととっくにあきらめていたから。 ・・・その時よ、貴方のメールを見たのは。 俺の送ったメール。 『求ム花嫁、当方、莫大ナ資産アリ。デキレバ看護師資格アリ、 世間ヲ知リ、家族係累ナク、贅沢ナ暮ラシニ適スル方。 タダ美シイダケノ馬鹿ナ人形ハオコトワリ。』 類子「初めは冗談だと思った。たちの悪いいたずらかとも。 でも、どこか無視できないものがあった。 生きるという事は、退屈な日常を繰り返す事とは違う。 もっと張り合いがあって、毎日が楽しい企みのはず。 たとえ相手がどんな化け物であっても、莫大な財産を手に入れるためなら 愛とか恋とか、そんな砂糖菓子みたいな夢はもう見ない。 大事なのは、どんな危険も恐れないという覚悟だけ。 この勝負に勝てば、全てが変わる。そう決心してここにきたのに・・・ なのに、今日あんなことくらいで倒れるなんて」 俺の中で、類子への感情が少しずつ意識を擡げて来た。 涙をぬぐって類子は言う。 「でも約束するわ。こうして何もかも話すことが出来たんだし。 もう、弱い私とは永遠にさよなら。私はきっと、やり遂げてみせる」 類子の目はもう鋭い光を放ち、口には笑みを浮かべていた。 ・・・類子にそんなに辛い過去があったなんて。 しかしその過去に涙を流したばかりだというのに、 既にお前は俺のパートナーとして、前を見据えて立っている。 類子の燃えるような瞳を見て、俺の中である一つの思いが飽和を迎えた。 俺はガラスのふくろうを類子の手に握らせる。 槐「これが、僕らにとっても幸福の使者になるように」 俺は自然に類子の手を自分の手で包み込み、その唇に自分の唇を近づけた。 類子も吸い寄せられるように瞼を閉じる。 飽和した思いが溢れ出す。 それは、子供の頃からずっと芽生えることを押さえてきた、 自分自身の心の息吹がほんの一瞬蘇った瞬間だった。 (ひとこと) 書いていて楽しかったです♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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