テーマ:東海テレビのお昼ドラマ(184)
カテゴリ:昼ドラ
敬吾のマンションで、敬吾になりすました俺に尚美が嬉しそうに言った。
「お会いしたかったんです、この間ここでお会いしたときから。それで秘書の沢木さんにお願いして。 まさか本当に二人きりでお会いできるなんて・・嬉しいです」 清楚そうな顔をして、敬吾の口車にまんまと乗せられて。 愛してもいない男と平気で寝る女。そして何事も無かったかのように、俺に会いに来る女。 ・・・そんな女に誰が興味を持つだろうか。 俺は窓際に立つと、尚美に冷たく言った。 「それは私が不破ファイナンスのオーナーの息子だからですか。 金持ちの息子だという肩書きに引かれたから。そうですね。 あなたは若くて美しい。しかも人を疑うことをしらない。 そんな貴女を傷つけないためにも、はっきり言いましょう。 もう、金目当てで近づく女にはうんざりなんです」 尚美の瞳が哀しみに満ちる。「そんなつもりじゃ・・・」 槐「では何故、秘書の沢木に抱かれたんです?地位も財産もない、口先だけのあんな男に。 私と言う餌がなければあんな男には見向きもしなかったでしょう」 尚美の顔色が変わり、その目から涙が零れ落ちる。 俺はその涙を見ると、微かな優越感に浸った。 俺はこの女のように、恋などという不確かな感情の為に道を誤ったりはしない。 全ての感情を乗り越えてこそ、人を動かし、支配する事ができるのだから。 尚美は泣きじゃくりながら言う。「・・・貴方に会いたかったんです。 でも、今はもう後悔してます。あんな男のいいなりになるなんて」 槐「きつい言い方をしてすみません。あの男とはもう会わないほうがいい。 本当に大切な人が現れるまで、、自分をもっと大事にすることだ」 悲しそうに尚美は言う。「帰ります・・・。でも私、 あなたがお金持ちじゃなくてもきっと好きになったと思います。さようなら」 尚美がマンションから出て行くと、俺はソファに座ってため息をついた。 ・・・つまらない遊びだった。こんな遊びには、もう飽きた。 俺の今仕掛けているゲームと比べたら、踵で蟻を踏み潰すくらい簡単で下らないことだ。 と、すぐそこにチャイムが鳴る。 俺が玄関の扉を開けると、そこには少し怒ったような顔の澪が立っていた。 澪「・・・敬吾の留守に何をしてるの」 槐「忘れ物をしまして」 澪「今、若い女の人とすれ違ったわ。泣いていたけど、貴方のせい?」 槐「個人的なことです」 澪が怒り気味に言う。「そうね。私には関係ないことね」 槐「山荘に戻りますが、送りましょうか?」 澪「結構よ。敬吾に話がきたの。帰ってくるまで待つわ」 槐「・・・では、お先に」 俺は澪を中に残し、玄関の扉を閉めて外に出た。 ・・・尚美と会っているのを澪に見られた。澪はどう思っただろう? いや、関係ない。俺には俺の人生がある。 俺今仕掛けているゲームには、澪が俺の事をどう思ってるかなんて全く関係ない事だ。 そう、ゲーム。 今頃は類子が上手く敬吾を焚き付けて敬吾に加奈子を誘惑させているだろう。 俺の計算では、そのあと不破に加奈子と敬吾の関係を知らせて いとも簡単に加奈子を追い出せる事になっている。 俺はその小さなゲームの勝利を疑わずに山荘へと向かって車を飛ばしていた。 山荘に到着して玄関の扉を開けると、千津さんが顔色を変えて俺を出迎えた。 千津「沢木さん!大変大変!」 槐「どうしたのですか。なんだかサロンの方が騒がしいようですが」 千津「敬吾さまが加奈子さんに無理矢理乱暴しようとしたとかで、だんな様が大変な怒り様で。 岩田さんまで巻き込まれちゃってそれは大変なのよ!」 俺は耳を疑った。・・・という事は、敬吾が誘惑に失敗したというのか? 俺が中に入ろうとすると、敬吾がサロンから勢いよく飛び出してきた。 子供のように目を赤くして、髪をぐしゃぐしゃに振り乱して。 不破にステッキで殴られたのか、服装も乱れている。 槐「敬吾さん、お帰りですか」 敬吾は俺の言葉には振り返りもせずに玄関から出て行き、車を飛ばして行った。 サロンに入ると、怒りの収まらない不破が岩田さんに話しかけていた。 「お前のせいじゃない。この家で勝手な真似をする敬吾が悪いんだ。 あの石つぶしが、女と遊ぶことばかり覚えおって!」 レイさんがなにやらほくそ笑んで立っている横に、類子が青ざめて立っていた。 俺は類子に近づいて言った。 「飛田さん、一体何があったのですか?」 レイさんが先に口を開く。 「敬吾が無理矢理加奈子を襲おうとしたのよ。未遂に終わったけどね」 類子「加奈子さんは今、鎮静剤を飲んで寝ています」 レイ「酔わせて襲おうなんて、美しくないやり方だこと。ふふ。 でも心配だわ。あの敬吾にしては、今回はちょっとダメージを受けすぎかしら。 なんだかあの時の顔に似てた。・・・覚えてるでしょ、槐。 敬吾が12歳の頃、恒大さんに叱られて3日間湖の向こうの林で過ごしてた時のこと」 俺は思い出した。あの時敬吾は一番仲がよかった俺にも知らせず、 肋骨を一本折ったまま意地を張って湖の周囲を歩き回っていたことを。 そしてもっと早く病院に行っていれば軽症ですんだものを、 熱を出して、怪我の治りを遅らせてしまった・・・ レイ「心配だわ。怪我は大丈夫かしら?」 槐「では、私が見て参ります。必要があれば病院に連れて行きますので」 俺は今来た道をまたすぐ戻るハメになった。 あの部屋では澪が待っているはずだから、きっと病院に行くような怪我なら澪が連れて行くだろう。 それでも、俺は敬吾の使用人としての義務を果たさなければならない。 そう、今のうちだけは。 マンションの駐車場に着き、敬吾の自動車を目にした俺はふとある事に気が付いた。 こんな時、敬吾なら・・・ 俺は部屋には向かわずに、近くのホテルにある敬吾の行きつけのショットバーに向かった。 多分敬吾は、そこで浴びるように一人で酒を飲んでいるだろう。 入り口の扉を開けると、若い男のバーテンがシェイカーを振りながら俺に言った。 「先ほどまでいらっしゃいましたが、たった今帰られましたよ」 槐「彼の様子は?」 バーテン「いつにも増して沢山飲まれて、足元もおぼつかない様子でした。 マンションまで送らせましょうかとお声を掛けたのですが、いいと仰って」 俺は元来た道を引き返す。 マンションのエレベーターに入ると、そこに微かに酒の臭いが残っていた。 エレベーターで階上に昇り、ドアが開くと、自分の部屋に入る酔った敬吾の姿が見えた。 扉が音を立てて閉まる。 そして俺が扉に手を掛けたとき、俺は中に澪がいることを思い出した。 ・・・少し戸惑った後、静かに鍵を回して敬吾のマンションの扉を開けた。 居間の中から二人の声が聞こえてくる。 どうやら、澪が敬吾の背中の傷を手当てしているようだ。 敬吾の悔しそうな声。 「あいつはな、金持ちが憎いんだよ。自分が成り上がりなものだから、 生まれつき豊かな人間を苦労知らずだの、能無しだのと蔑む事に快感を覚えてるんだ。 お袋と結婚したのだって、愛していたからじゃない。 借金のカタに無理矢理のモノにして、虐めて楽しむため。 俺は物心ついてから、母さんが笑う顔を一度も見たことがない。 だから余計、死んだときの安らかな顔が今も、目に焼きついて・・・」 俺は扉の隙間から中を覗き見た。悲しそうな澪の顔が見える。 澪が敬吾の背中にそっと寄り添って言った。「もう言わないで、悲しくなるから・・・」 敬吾が澪の体にすがりつく。「澪、お願いだ。俺を愛してくれ・・・」 澪「敬吾・・・」 澪はソファーに身を沈め、敬吾を受け入れるように目をつぶった。 抱き合い、寂しさを分け合うように愛し合い始める二人・・・。 俺は、静かにドアを閉めてマンションを去った。 山荘へと車を飛ばしながら俺は思う。 ・・・いつか、こんな日が来るのを俺は確かに予感していた。 敬吾に限らず、いつか彼女は男に抱かれて幸せを感じる日が来るのだと、 俺はとっくに知っていたはずだ。 俺は決して澪を手に入れたかったわけじゃない。 不破と敬吾に押し殺されてきた、そして不破とのゲームの為に捨て去ってきた 俺の心の中にもしそんな感情があったとしても、 俺はその存在さえ抹殺する精神力だって持っていた。 なのに、今のこの俺の有様はなんだ? ハンドルを握る手から、熱い何かが滾り出る。 そして心臓が波を打ち、喉は夏の陽のように渇きを覚える。 俺は山荘の駐車場に車を置くと、深夜にも関わらず扉を思い切り閉めた。 胸の中にその音が響き渡る。まるで体の中に空洞があるかのようだ。 その空洞を、そして隙間を。 埋めてくれる何かを、本能的に俺はきっと求めていたのだろう・・・ 玄関に入る。 そこは俺の幼少時代からの心を切り刻んできた場所。 残酷で冷たい、氷の棘の張り巡らされた山荘。 しかしその時、俺の目に温かく息づく女の姿が飛び込んできた。 階段をゆっくりと降りてくる類子。 静まり返った邸宅の中、類子の小さな足音が遠慮がちに響いている。 類子が俺の顔を見て言う。 「・・・どうしたの?随分遅かったのね。どこ行ってたの?」 その微かに動く口元を見ると、俺はまっすぐに類子に歩み寄り、 腕を取ってその唇を乱暴に奪った。 その柔らかい唇に触れた瞬間、全身が暖かな波に覆われるのを俺は感じた。 そして自分の体がこんなにも誰かと触れ合うことを望んでいたことを知り、 甘やかな感情に身を委ねることへの恐怖を同時に抱く。 しかしそれでも、俺は類子の体から手を放せなかった。 俺は気付いていた。 俺が類子に感じたのは、同じように孤独を知る人間に出会った悦びであったこと。 そして類子が胸のこの空虚な空間を埋めてくれるのを俺は求めていたこと。 ・・・ほんの一瞬、満たされた思い。 しかし俺は、すぐにその忘却を決意する事になる。 (ひとこと) 長らく更新せずにすみませんでした(^-^;) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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