テーマ:東海テレビのお昼ドラマ(184)
カテゴリ:昼ドラ
澪を駅まで送り届けて山荘に戻る間に、雨足は一層激しくなっていた。
駐車場から玄関に入るまでの間に雨の雫が斜から吹き付けてきて 俺の肩を容赦なく濡らした。 部屋に戻って上着を脱ぎ、ハンガーに掛けて乾かしていると 隠し扉を開けて秘密の小部屋から、類子が少し怒ったような顔を覗かせた。 類子は俺の部屋に入って来て言う。 「長い停電だったわ。なんでもっと早く回復しないのかしら」 槐「おかげで不破との距離が縮まったでしょう。 いかがでしたか?無理矢理押し倒されでもしましたか」 類子「とんでもない。事のほか紳士で、驚いたくらい」 ・・・類子の話を聞いて、その光景を思い浮かべる。 雷鳴が響き、暗くなった部屋で不破が類子の手を取った。 そのまま不破は類子に言う。 「・・・あんた、3本マッチの詩を知っとるか。 フランスのジャック・プレヴェールという男が作った、 愛し合うものには3本のマッチがあれば充分だという内容の詩だ。 1本目は、君の顔を一度に見るため。 2本目は、君の目を見るため。 3本目は、君の唇を見るため。 そして残りの暗闇は、今の全てを思い出すため。 君を、抱きしめながら・・・」 俺の心が僅かに軋む。 得意そうな、しかしどこか夢をみるような、そんな表情の類子に何故だか少し怒りを覚えた。 俺は類子から目を反らして言う。 「・・・驚いたな。あの男が詩を語るとは」 類子「この分だと、プロポーズも時間の問題ね」 槐「だといいが。婚姻届に判を押すまでは油断は出来ない。釣った魚は引き上げる時が肝心だ」 類子が再び怒った顔で言う。 「そういう貴方の方はどうだった?。嵐の中、好きな女と一つ傘の下なんて。 随分ロマンチックじゃない」 槐「・・・見てたのか」 類子「まさか。私はそんなに暇じゃない。せいぜい風邪をひかないよう、気をつけるのね」 必要以上に怒ったような口調で類子は言い、秘密の小部屋から帰っていく。 俺は濡れたシャツを脱いで溜息をついた。 夜のダイニングルーム。 俺はいつもの様に席に着いた順からワインを注いで回り、 不破が部屋に入って来るとその椅子を引いて席に座らせた。 不破の醜い横顔を見て俺は思う。 ・・・何がプレヴェールだ。何が3本のマッチだ。 沢山の人を散々苦しめてきた人間が詩を語るとは、笑いの種にもならない。 不破「夕方一雨きたせいか、随分涼しくなったな」 レイ「おかげで食欲も増しそうだわ。今夜は何かしら?楽しみね」 ふふっ、と笑う加奈子。 そこに千津さんが前菜のカルパッチョを運んできた。 目の前に置かれた皿を見て不破の顔色が変わる。 突然怒りを露にして、不破はナプキンを卓へと思い切り投げつけた。 「・・・なんだこれは!あの女、よくも俺をバカにしやがって!!」 俺は不破の前に置かれた前菜を見て、思わず息を飲んだ。 ・・・マグロだ!不破が神の如く拝めているマグロだ。 何故類子はメニューにこれを? いや、類子はカツオとメニューに書いたはず。俺はちゃんとこの目で見た! 槐「これは・・・何かの手違いです。すぐ代わりのものを」 皿を下げようとした俺の手を不破が取って言う。 「待て!その前に、あの女の話を聞いてからだ」 レイ「今。加奈子が呼びに言ってるわ」 その時、加奈子に連れられて類子が部屋に入って来た。 俺は類子の表情を、固唾を飲んで見守った。 不破が恐ろしい形相で言う。「あんた、これは何だ」 類子「ああ・・・。カルパッチョですわ。 同じ魚料理では飽きるでしょうから、たまには目先を変えようと思いまして。 ・・・お嫌いでしたか?」 不破「嫌いどころか、大好きだ!むしろ、勿体無くて食べられん!」 レイさんが口を挟む。 「あなただって、恒大さんがマグロを口にしないことはとっくに知ってたはずじゃないの?」 類子「ええ。ですから、私はカツオを」 不破「あんた、俺がマグロとカツオの区別もつかんほどウスノロだとバカにしとるのか!」 類子「そんなはずはありませんわ。私はカツオを・・・」 不破「では食ってみろ!これのどこがカツオだ!!」 不破は類子の細い顎を乱暴に手でつかみ、 その口に無理矢理フォークに刺したカルパッチョを突っ込んだ。 その味に驚愕する類子。 不破「俺に出すものは全部あんたが決め取るそうじゃないか。そうだな、千津!」 千津さんは済ました顔で言う。「はい、左様でございます」 俺はその言葉に驚いて千津さんの顔を見た。 類子は必死に弁解する。 「ですから、私は岩田さんにカツオでと。岩田さんに聞いていただければ」 不破「岩田はどうした!」 千津「持病の関節炎が悪化して、病院に」 レイ「ではきっと痛みで聞き違えたのね。岩田さんのミスだわ」 千津さんが強い口調で言う。 「いいえ!そうではございません。私、傍で聞いておりましたが 岩田さんにマグロでと言ったのは確かにその人でございます」 類子は驚いて叫ぶ。「嘘よ!!そんなはずない。何でそんな嘘を付くの!!」 レイさんが呆れた顔で言う。 「嘘、嘘って。千津さんがそんな嘘をついて何の得になるって言うの。ねぇ、千津さん」 類子の顔色が変わる。 類子と同時に俺も気がついた。これは、レイさんが千津さんを抱きこんだ罠なのだと。 千津さんは尚も厳しい口調で言う。 「私はもう15年以上こちらに仕えております。 昨日今日来た人に侮辱されるいわれはございません!」 不破が怒りも露に言う。 「いや、この女が侮辱したいのはこの俺だ! 金、金、金と。金の力を見せ付けるこの俺を、ずっとバカにしとったんだ! マグロ漁船で稼いだ金を元手に、成り上がった田舎者だと笑っとったに違いない! だから、悔しかったら食ってみろとわざとこんな物を!!」 不破はカルパッチョの皿を類子にぶつけ、更にグラスの水を浴びせかけた。 俺は慌てて不破の腕を掴んで止める。 槐「だんな様!落ち着いて下さい、だんな様!!」 不破「離せ!誰だろうと、俺をバカにする奴は許さん!」 不破の勢いに類子が恐れおののき、その瞳を振るわせた。 その表情を見てレイさんが勝ち誇ったように笑顔を見せた。 俺は不破の腕を押さえたまま類子に向かって叫ぶ。 「謝るんだ飛田さん!早くだんな様に謝りなさい!」 不破「俺をバカにする奴は、とっとと出ていけ!」 不破は俺の手を振りほどくと、杖で思い切り食卓の皿や調度品を破壊し始めた。 逃げる女達。加奈子の悲鳴。 その場に崩れ落ちる類子に俺は駆け寄って言う。 「さあ、申し訳なかったと謝って!」 更に耳元で小さく言う。「・・・それで、全てカタが付く」 類子はあきらめたように肩を落とし、頭を下げると唇を震わせて言った。 「申し訳・・・ございませんでした・・・」 不破その言葉を聞くと、飾られた花を花瓶から抜き取り、類子へと思い切りぶつけた。 不破「出て行け!俺からのはなむけだ!この家から出て行け!!」 不破は千津さんに言う。「肉だ!肉を持ってこい!」 そして椅子に座ると、俺に言った。「酒を開けろ!酒だ!」 俺は言われるままに強いブランデーを開け、不破のグラスへと注いだ。 千津さんが焼いてきたステーキを頬張り、酒を勢いよく喉に注ぎ込む不破。 酒を注ぎ足しながら俺は類子の身を案じた。 ・・・大丈夫だろうか。類子はゲームを放棄してしまわないだろうか。 いや、謝ればすむことなんだ。俺は今までずっとそうやってきた。 謝ってこの場を凌いでしまえば、その先には妻の座、そして莫大な財産が待っている。 その事を考えれば不要なプライドなど捨てられるはずだ。 驚くほどの速さで食事を終えた不破が、部屋に戻る為にダイニングルームを出る。 ご機嫌伺いの為に加奈子がついていくのを確認すると、 俺は類子に電話を掛けようと胸ポケットに手を入れた。 その時廊下の向こうからレイさんがやって来て、笑みを浮かべながら言った。 「残念ね。類子さん、出て行ってしまったわ。でもこれで良かったのよ。 だって、あんなに美しい人が恒大さんのおもちゃになるのは勿体無いもの」 俺はレイさんの言葉を無視して厨房へと向かった。 そして中に誰もいないのを確認すると、勝手口から出て類子の先回りをした。 玄関の外で、類子は屈んでミュールのストラップを直していた。 その無防備な姿は、俺に彼女と初めて出会った時の事を思い出させた。 今と同じように、籐で編んだトランク一つを手に 輝かしい未来を夢見て俺の元にやって来た類子・・・。 類子が立ち上がると、俺は類子の前に進み出てその足を止めた。 槐「話がある」 驚く類子の腕を取り、無理矢理類子を引っ張っていく。 抵抗して類子は言う。「何よ!離してよ!」 秘密の小部屋へと類子を無理矢理押し込むと、 俺はその手から荷物を奪ってベッドの上へとそれを放り投げた。 類子が叫ぶ。「今更話すことなんてないわ!私はもう降りる!」 荷物を取ろうとする類子を止めて俺は言う。 「いいからすぐ部屋に戻るんだ!明日になってもう一度詫びを入れれば何とかなる!」 類子は泣きながら叫ぶ。「嫌よ!!謝るようなことしてないもの!」 俺は必死に説得する。 「分かってる!だがようやくここまで来て、何もかも放り出すってのか!?」 類子「あなたがこれまでかけてきた費用なら、 私に払われるはずのお給料でまかなうといい。全部あげるわ」 槐「俺はそんなはした金を気にしてるんじゃない! このゲームに勝てば手に入るはずの金を想像してみろよ。 少なく見積もって一人2,30億だ。一生遊んで暮らせる額だ。 それを思えば頭の一つや二つくらいなんだっていうんだ! 自分の足を見て10数えればすむことだ!」 類子「ええ、貴方はそうでしょうね。でも私は嫌よ!」 槐「何故!」 類子は俺の目を見つめる。その瞳は、怒りとも悲しみともつかぬ涙に濡れていた。 類子「・・・分かってるのよ。何故貴方がそこまであの男の財産にこだわるか。 あの人の為でしょう? あの澪さんをものにするには、敬吾に負けないだけの大金が欲しかった。 だから私を、あの下卑たマムシのような男とくっつけようとした。違う?!」 俺は愕然とした。 ・・・違う。違うんだ類子。俺は澪との将来なんて一切考えた事はない。 俺が考えているのは、類子、お前と共にゲームの勝利を勝ち取る事だけなんだ! なのに何故お前はそんな風にしか考えられない? 悲しみと、怒りと、もどかしさと。 そんな俺の気持ちを分かろうともしない類子に俺は言葉を失った。 (2/2に続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
November 30, 2006 08:59:55 PM
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