テーマ:東海テレビのお昼ドラマ(184)
カテゴリ:昼ドラ
類子が男に肩を抱かれて店を出ようとする。
横を通り過ぎようとした類子が俺に一瞥もくれないことに俺は少し腹を立てた。 咄嗟にその細い腕を掴むと、類子は俺を睨んで言った。 「悪いけど、男なら間に合ってるから」 連れの男が言う。「と、いう事だ。さあ、どいたどいた」 俺は類子ではなく、相手の男を睨みつける。 すると、その男がいきなり俺の頬を殴りつけた。 思わず俺も拳を振り上げ、俺達は取っ組み合って喧嘩をした。 男が花瓶を振り上げ、俺の顔に投げつける。 ・・・一瞬、意識が遠のく。 類子が俺に駆け寄り、何度も何度も俺の名を呼んだ。 霞んだ視界が開けると、目の前に心配そうに俺を見る類子の顔があった。 そして、安心したように類子の目元が緩む。 類子「・・・槐。一緒に帰りましょ。立てる?」 割れた花瓶で頬を傷つけた他は、殴られた部分が多少傷む程度で意外に俺は軽症だった。 類子の部屋はその外観と同じように、古く寂れている。 俺は簡素な六畳間で、類子に顔の傷を手当てされた。 類子「なれない事するからよ。全くどうかしてるわ。 殴り合いなんてせず、さっさと土下座すればいいのに。貴方のお得意でしょ。 私を連れ戻しに来たのなら無駄よ。私はもうあそこには戻らない。分かったら帰って」 槐「分かってる。俺はただ、あんたに会いたかっただけだ」 類子「へぇ。何のために?」 槐「怒ってるんだろ?あの時のこと。無理もない。あんた一人にあんな嫌な思いを押し付けて。 長年あの男の下で働くうちに、とりあえず謝ってやり過ごせばいいと さもしい根性が身についてしまったようだ。すまなかった」 俺は自分でも驚くほど素直に、類子に深々と頭を下げた。 類子「そうやって私にも頭を下げて、やり過ごすつもり?」 槐「俺は最低のパートナーだ」 類子「いいわよ、もう。謝ってくれなくたって。私は自分の意志であそこを出たんだから。 何もかも終わったわ」 俺は多分その時、今までに無く哀しそうな顔をしたに違いない。 類子が少し気遣うように言った。 「それより、喉が渇いたわ。何か飲む?もちろん、あなたのおごりでだけど」 槐「ああ」 俺の心に安堵が広がり、思わず顔がほころんだ。 類子の部屋には荷物らしい荷物が無く、そして殆ど家具がなかった。 そのせいで、狭いはずの4畳半が白々しいほど広く見える。 小さなテーブルの上には、酒と出前の寿司。 俺達は少し間をあけ、並んで壁に寄りかかっていた。 類子がしみじみと言う。「だけど不思議ね。 あの屋敷を出てからまだ半月足らずだというのに、もう随分昔のような気がする。 ほんと言うと嫌いじゃなかったのよ。どうすれば不破の気を引けるか、 あれこれ考えるのは楽しかったし、退屈もしなかったわ、毎日」 槐「生きることは、退屈な日常の繰り返しじゃない。毎日が楽しい企みだ、だろ? あんたの口癖だ。なのにどうして降りる気になった? やっぱり、愛だの恋だの欲しくなったのか?」 類子「私はただ、嫌になったのよ。あの不破って男が我慢できなくなったの。 それでも私達が大金を手にするには、あの男と結婚しなきゃならない。それが絶対条件だものね。 この先何年も、何十年も我慢して、好きでもない男に抱かれるかと思うと、本当にうんざりして。 それに比べてあの澪さんはどう?立派な家族や親戚中から愛されて、何不自由なく育ったお嬢様。 絵本作家という才能にも恵まれて、金持ちの婚約者もいて。 しかも、貴方のように秘かに思い続けてくれる男もいて。 同じ女に生まれてどうしてこんなに違うんだろうと、なんだか情けなくなったの。 だから彼女に嫉妬した。 決して貴方が好きになったからとか、そんなんじゃないから誤解しないでね。 ・・・それとも、貴方を愛してしまったからって、そう答えればよかった?」 槐「・・・そこまでうぬぼれちゃいない」 類子「でも、貴方はこれからどうするの?まだゲームを続ける気?」 槐「そうしたくても、俺一人じゃ無理だ」 類子「また新しい花嫁探せばいいじゃない。 私の他にもまだ、3人ほど候補がいるって言ってなかった?」 類子は煙草に火をつける。 槐「だが、あんた以上のパートナーは、そうはいない」 類子「どうも。ならいっそ、澪さんを奪い取ったら?愛してるんでしょ。 大金を取らずに愛を奪うという選択肢もあるはずよ」 槐「ところが俺はあんたと違って、愛だの恋だのなんて根っから信じちゃいないんだ」 類子「嘘ばっかり」 槐「そりゃ、誰も愛したこと無いなんていわない。けど、愛なんてものは所詮、空の星だ。 遠くで見ている分にはキラキラ輝いているが、いざ近くに取れば、何だこんな物かとげんなりする。 だが、金は違う。あれは手にすればするほど、輝きを増す」 類子「・・・だから澪さんのことも、遠くで見ていれば満足ってこと?」 槐「俺は金の話をしてるんだ」 俺はまた少し苛立ち、酒を煽るように飲むと寿司を口に放り込んだ。 類子「でも分からないわ。見ているだけで楽しいなんて。女は星とは違うのに」 類子は窓の傍に寄り、夜空を見上げる。俺はふと、夜空の星を類子に見せたいと思った。 槐「・・・星を見たことは?」 類子「あまりないわ。ここじゃ、空に星なんてないもの」 槐「そうだな。それにしても、ここの部屋も見事に何もないんだな」 類子「貴方とゲームを始めるときに、家具を処分しちゃったの。 絶対勝つつもりだったから、なのにまさか、舞い戻ってくるなんてね」 槐「・・・まだ負けたわけじゃない。あんたさえその気なら・・・」 類子「やめてよ。そんな事言うなら帰って」 つんとして俺から顔を背ける類子。俺は上着を持って立ち上がった。 類子は慌てたように振り向いて言う。「帰るの?」 槐「・・・星を見に行く」 近所のビルの屋上に立ち、俺達は二人で夜空を見上げた。 空気の淀んだ都会の空は、思いのほか見える星の数が少なかった。 類子「だから言ったのよ。都会で星を見るのなんて無理なのよ」 槐「そうでもないさ。目が慣れてくれば、そのうち見えてくる。 今の季節なら、そうだな・・・」 俺は星を指しながら言う。 「あの辺りに赤い星、アンタレスが輝いてるはずだ。 中心にS字を描いているのが蠍座。この辺にあるのが天秤座」 類子「天秤座って、あの重さを測る?」 槐「そう。正義の女神アストレアが世の中の善悪をはかる為に使ったという天秤だ」 類子「善悪って?」 俺はその場に座り、空を眺めて説明をする。 槐「遥か大昔、地上がまだ平和だった頃は、女神の天秤は善のほうに傾いたままだった。 だがそのうち、人間が武器を手にし互いに争うようになると、今度は悪の方に傾いたまま。 怒った女神は、再び平和な世の中になるまで地上には戻らないと翼を広げて天に駆け上った。 天秤座の隣にある乙女座が、その女神の姿だと言われている」 類子も隣に座って言う。 類子「それじゃその女神、これからもずっと天に昇ったままね」 槐「だろうな。罪深い人間世界に嫌気がさすのも無理はない」 ふと、類子が俺の顔を見て言った。 「・・・ねぇ。もしも、もしもよ。 もし私が不破と計画通りに結婚して、大金が手に入ればどうするつもりだった?」 槐「今更そんな事を聞いて何になる」 類子「ひょっとして、宇宙にでも行く気だった?」 槐「言ったろ、星は眺めている方がいいって。そのためにも、・・・そうだな。 まず砂漠にオアシスを作る。水と緑に囲まれた人口のオアシスだ。 そこで昼間は遊牧民のように過ごし、夜は砂漠に寝転んで好きなだけ星を眺める」 俺は冷たいコンクリートの上に寝転んで話を続けた。 「誰にも縛られず、誰も縛ることなく。一人で」 類子が顔を覗き込んで言う。 「・・・一人で?寂しくないの?砂漠で一人きりなんて」 槐「あんたはどうなの?都会の真ん中で大勢の人間に囲まれて。 それでも寂しいと思ったことはないのか?」 類子も俺の横に並んで寝転んで言う。 「そうね。言われてみればここも砂漠のようなものね。人間と言う無数の砂に囲まれた」 どこか寂しそうな類子の横顔を見て、俺もまた寂しさを覚えた。 ・・・類子。 中学生の時に一家心中で家族を亡くし、それ以来ずっと一人で生きてきた女。 看護師として夜通し働いても、行きずりの男に抱かれても その寂しさはきっと埋まらなかったに違いない。 俺は宙を見つめて言う。 「人生は、自分で思っているほど長くはない。宇宙の流れからすれば、ほんの一瞬だ。 善だの悪だの、そんなことを考えている暇も無い。 どうせならその僅かな時間に、自分の全てを賭けて燃え尽きたいと思わないか」 類子「蠍座の、赤い星のように?それも悪くないわね。 人間なんてどうせ罪深いんだもの。きれい事ばかり言ってたってしょうがない」 俺は類子を見て言った。 「あんたはやっぱり、俺にとって最高のパートナーだ。あんた以上の人はいない」 類子が身を起こして俺を見つめる。 その瞳は、いつになく女性らしい柔らかな光を放っていた。 類子「ねえ、パートナーって・・・貴方は私を女として見たことは一度もないの? 私を欲しいって思ったことは一度もない?」 俺も身を起こす。「そんなこと考えてもみなかった。・・・いや、考えないことにしてた」 類子「何故?女は星とは違う。その気になればいつでも手が届くのに」 槐「・・・だからさ。一度ぬくもりを知れば、一人ではもう生きていけなくなる」 類子「だから何?人生なんてほんの一瞬よ。 どうせなら全てを賭けて燃え尽きたい、今そう言ったばかりじゃない」 槐「じゃあ、あんたは考えたことがあるのか」 類子「・・・ええ。あなたとなら、きっと嫌ではなかったわ」 どちらからともなく、互いの瞳に吸い寄せられるように俺達は唇を重ね合った。 識ることを恐れた、この暖かなぬくもり。 冷たいコンクリートと相反して、類子の身体は俺に人肌の心地よさを覚えさせた。 ・・・宙に輝くアンタレスが、俺の身体に舞い降りてくる。 類子の唇を貪りながら、俺は類子をもっと深く愛したいという衝動に駆られた。 類子も同じように俺を求め、その唇から熱い吐息を零した。 俺達は足早に部屋への道を急いだ。 扉を開けると共に二人で部屋にもつれこみ、一層激しく互いを求め合った。 類子の細い肩が上気して薔薇色に染まり、 その熱情に呼応するかのように俺の心臓が営みを荒げる。 焦燥気味にその本能に身体を沈めようとしたその時、 脱ぎ捨てた俺の上着の中で携帯電話が着信を告げた。 ・・・今でも俺は思う。 あの時電話を取らなかったら、あのまま類子を愛し尽くしていたら・・・ 二人には、全く違う別の人生が待っていたのだろうか。 その人生は、空に輝くアンタレスのように明るく輝き続けていただろうか・・・ (ひとこと) 読んでいるのは大人だけではないようですのでこの辺で・・・(^-^;) 更新遅くて本当にすみません。 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますm(_ _)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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