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ひよきちわーるど

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2005.08.06
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カテゴリ:I love family


夫はいつまでたっても 
みゆきちのそばを離れようとはしなかった。

みゆきちと手をつないだり写真を撮ったりして 大喜びである。





それよりも1番私を驚かせたのは、
夫の 私に対する愛情表現だった。





難産だったということもあり、
あとの処置に1時間半もかかっていた。

その間中 彼は「ありがとう、ありがとう」といいながら
私の頬といわず瞼といわず おでこ 唇 髪と
ありとあらゆる場所にキスしていた。







普段は手さえつながない夫である。

私がたまに手をつなごうとしても
「恥ずかしいからやめなさい」と言って
やめさせるような人である。

その人がこんな事をするとは!
私はただただ驚いていた。










やがてその驚きは感謝にと変わっていく。

人というのはこんなにも喜ぶことができるのだろうかと
思うくらいの喜びようであった。
泣きながら何度も何度も「ありがとう」と言ってくれた。







確かにお産というのは初産婦にとって恐怖である。
それだけでなく体の状態によっては
命がけという人もいるであろう。


そういう大変な中をくぐりぬけてきた女性たちにとって 
1番の慰めは 夫の心からのいたわりの言葉だと思った。

こんなにも喜んでくれる人がいるということは
私にとって驚きであったし、
心底嬉しく思った。
頑張った甲斐もあったと思った。









思えば 夫は私の陣痛開始から実に
20時間も立ちっぱなしだったことになる。

陣痛室でもそして分娩室においても 彼はずっと立ち通しで
私を励まし続けてくれたのだ。疲れていないわけがない。




「疲れただろうから少し休んで」と言っても、
「赤ちゃんと○○ちゃんのそばにいる」と言って
きかないのである。

その間私が寒くないように毛布の手配をしてくれたり、
のどが渇いているだろうからとお茶を飲ませてくれたり 
いろいろと心を砕いてくれた。









やがて出産から2時間経ったということで
みゆきちは新生児室へ
夫と私はベッドのある陣痛室へ通される。

ベッドはひとつしかなく 
夫は「○○ちゃんはゆっくり寝なあかんで」と言って 
床に寝っころがった。

私がこういう状態でなかったら
一緒に このベッドで寝るものをと申し訳なく思った。

やはり疲れていたのだろう。
夫は床に寝ころぶとほぼ同時に いびきをかき始める。








夫の寝顔をみながら

そしてそのいびきをききながら

ベッドの上で 私は泣けて仕方なかった。









□■□■□■□■□■□■□■









夜も明けて私は病室に通された。
そこは2人部屋だった。

やがて目を覚ました夫は 私の実家に仮眠をとりに帰った。







そして夫と入れ替わるようにして母の姿が。

母は近くの花屋さんに手配をし、
私のベッドの傍らに 可愛らしいアレンジメントを飾ってくれた。
私はその愛らしい花を一生忘れないだろうと思った。








お昼過ぎ、疲れをとった夫がまたもや病院に来てくれた。
丁度 私もこれから食事をしようとしていたところだった。





夫は何を思ったか

「よし!俺が食べさせたる!」

私は照れくさくなり 再三辞退したのだが
そこは一度言い出したらきかない彼のことである。

あとは小鳥のように大人しく(笑) 食べさせてもらった。








考えれば不思議な感覚だった。
結婚してから今まで どちらかというと私の方が彼をリードして、
さすがに母親のようにとはいかないけれど それに近いものがあった。

ところが今や立場は逆転。
まるで彼は私の父親のようにふるまっているのである。







改めてベッドの上から彼の顔を見上げた。
そうか・・・。この人も、もう父親なんだ。

そして私も母親になったのだ。





彼とは同級生のせいか どうも友だち感覚という方が強く、
例えば音楽の授業でピアノと格闘していた後姿だとか 
英語のテストで高得点をとり大喜びしていた姿だとか 
そういうのばかりが思い出されるのだ。









丁度その時、看護婦さんがみゆきちを連れてきてくれた。
可愛いベッドに寝て、しきりに指を吸っている。





その様子を見ていた夫が

「○○ちゃんがいてくれたから 

 俺はこんなに可愛い子どもを抱くことができた」とぽつりと言った。





それは私も同じである。
彼だからこそ結婚を決意したのであるし、
この人の子供を産もうと思ったのである。






そう思いながら お互いを見ている私たちの間には 
生まれたばかりのみゆきち。

ああ、家族だなぁと その時初めて思った。











その日の夜、2人部屋の中では 同室の人がテレビをつけていて
やがてドラマの主題歌が流れ始めた。
ドリカムの「love love love」である。

    


    ねえ  どうして

    すごく すごく 好きなこと

    ただ 伝えたいだけなのに

    うまく言えないんだろう



その歌を聴いているうちに 何だか涙が出てきた。








私は夫という人をよくわかっていなかった。
まるで子供のような人だとだけ思っていた。
でも実際は違っていたのだ。






元来彼は無口な人である。自分の感情も余り出さない。
感情をあらわにすることを何処かで恥じているような、そんな人なのだ。






その人があの出産の時だけは まわりの眼を気にすることなく、
大声で私を励ましてくれた。私だけを見ていてくれた。




あの時、私を心底励ましてくれたのは夫であった。

なんという大きな力であったことだろう。
夫はこれほどまでに温かな人であったかと思った。









夫と初めてあったのはお互い18の時。
彼はまだ少年の面影を残していた。

それが今では 私と生まれたばかりの娘を守ろうとしてくれている。

少年のような人から 
1人の父親に変わりゆく瞬間を見た思いがした。









人は死にゆくとき、
これまでの人生の全てが走馬灯のように目の前を通り過ぎるという。




少しずつ死に近付いていく過程において 
ひとつひとつの思い出が現れては薄れ 消えていく中 
私は この日のことだけは決して忘れないだろうと思った。


その思い出だけは決して薄れることなく 
記憶の底にしっかりととどまって 
死におびえる私を大きく包んでくれるだろう。









私は決して忘れない。






我が子を産んだ次の日の朝、

病室の窓に大きく広がっていた空の青さを。





励ましてくれた夫の声を。

「ありがとう」と言って泣いてくれたことを。








そして



あたたかかった 

その手のぬくもりを。





















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Last updated  2016.01.31 12:49:46
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