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凍えたココロ

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2007.02.26
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カテゴリ:摂食障害
朝、可燃ごみをごみ収集場所に

置いてきた後、

空を仰いだ。

真っ青な空に

美しく白い雲が

ぷかぷか心地良さそうに

浮いていた。

深呼吸をすれば

春の香りが漂っていて、

まだまだ寒さはあるものの

心地良い空気であった。







昨日の嬉しさは引き続き

こころの中で温まっていて、

何だか清々しさを覚える。

香りの良いハンドクリームを

試しに使用してみると、

手がすべすべになった。

明日、仕事が休みの母が起床したら

ひび割れてしまっている手の甲や

掌を丁寧にマッサージしようと想う。







この所、無理矢理過食して嘔吐している。

唯一の食事なので

この行為をなくしてしまうと、

もっと酷い栄養失調になるであろう。

貧血も進んでいるみたいで、

直ぐ眩暈がしたり立ち眩みを起こしたりする。

近所のスーパー内を歩くのが精一杯で、

それさえもぐったりと疲れてしまうのである。

自業自得である事は分かっているが、

眠気と具合の悪さが重なってしまうと、

暫し横たわり動きたくなくなる。

なのに、私は時間になればシャワーを浴びたり

服薬をしたりしないと気が済まないので

自分を一生懸命動かして、

のろのろと行動に移る。

実際、シャワーを浴びたら

気分もすっきりして精神面へは

プラスに働いているのであるが、

体力面では凄く疲れてしまっている。

でも、その後はゆったりと

読書をしたり、発泡酒を飲みながら

のんびりしたり出来ている。

でも、それは朝が近付くにつれて

“焦り”へと変わる。







「食べなければならない」

と言った正しく強迫観念で

こころも身体も支配される。

そして厭々食べ物を食べていく。

しかしこの行為があるからこそ、

私は眠れるし、生きていられるのである事を

忘れてはならない。

過食と嘔吐は悪ではない。

寧ろ、生きていく為に必要な

症状となっている。

それは、私のこころの中に

『寂しい』

『心細い』

『哀しい』

『辛い』

『苦しい』

『虚しい』


と言った想いが、大きな面積を

占めているからである。

食べている時は、それを慰められている。

そう実感している。

無我夢中で食べていると、

何も考えなくて済む時間が

発生する。

上記に挙げた想いは、

『千と○尋の神隠し』に出てくる

“顔なし”が抱えているものである。

“顔なしが”千を求める為に

金塊を溢れ出させて従業員に

ばら撒き、がつがつと御馳走を食べていく。

そうして肥大化した哀しみの権化となった

“顔なし”は、千を手に入れる為に

油屋の中を暴れ回る。

その後、千が持っていた苦団子によって

“顔なし”が身体に詰め込んだものを

全て吐き出し、元の形に戻る。

“顔なし”の一連の行動は、

摂食障害・・・特に過食と嘔吐

そのものと比較でき、近しいものがあると

感じ取れる。

これは私が“顔なし”の夢を

見た事から、顕著な類似性が現れた為に

主治医と数十回に渡って

対話が重ねられてきたものである。

主治医には、この事について、

本を出版してみないかと勧められている。

私は、勿論承諾したが、

未だ4000字程度しか綴れていない。

どうしても気が散って、

自分が何を訴えたいのか

見失ってしまう事が多いからである。

一つの事を掘り下げて考えると、

どんどん幅を広げてしまうので

上手く文章にならない。

しかし、上手い文章にしても

仕方の無い事で、今感じている事を

全て言語化して綴っていけば良いのである。

でもそれが中々難しい。

気が乗らないときは全く文章が

浮かんでこないし、序章を書き始めたと

想ったら、最終章の文章が溢れる事もある。

どうにか試行錯誤を繰り返して、

ちゃんとした文章にしたいと切に願っている。

その為にはやはりもっと本を読むなどして

文章力を付けねばと感じている。







食事の回数・・・過食と嘔吐の回数こそ

減っているけれど、摂食障害

依然として快復傾向を見せない。

そこには『食べるか食べないか』

選択肢しか存在していないからである。

豆乳などで飲み物による栄養補給は

少しずつ出来るようになったが、

食べる事が面倒で仕方ないのである。

食べてしまったら最後、過食に繋がり嘔吐する。

程々に食べるという事は出来ない。

『食事』こそ生きていく為に

大切なものだと分かっているが

どうしても受け容れられない。

その点では、やはり私の病気は

まだまだ悪化する可能性を残しているし

良くなって行くというシナリオは

未知である。

きっと良くなったり悪くなったりを

繰り返して、いつの間にか

寛解の道を進んでいるのかも知れない。

現に、12年前この病気を患った頃の

自分と今の私では考え方が基本から

変化している。

あの頃は何故自分がこんなにも

食べ物を欲するのか、そして吐くのか

全く分からないで溺れていた。

今では、溺れていた海から

呼吸する為にぷかぷか波に身を任せ

浮かぶ事も出来ている。

そうして客観的に自分の事を

考えられるようになったのも、

少しは進歩したと言う事であろうか・・・。







濃い霧の中を、私は何かを手がかりに

歩んでいる。

けれども、カウンセラーや主治医の言葉であったり、

母の優しさに触れたり、ここでコメントを下さる方々の

温かい想いを感じると、前に開ける道が

ほんの少し霧が薄くなって見える事もある。

だから、私は1人で生きている訳ではない。

色んな人達の“助け”のお陰で生を延ばせている。

時に苦し過ぎて周りが見えなくなり、

母を心配させてしまう事がある。

素直になれない事もある。

でも日々学習していって、

生きるために、心地良くお互いが過ごせる為に

ゆっくりと確かな道を歩きたい。





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Last updated  2007.02.26 21:18:46
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