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2007.04.07
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カテゴリ:摂食障害
4月7日は

大親友の誕生日である。

お誕生日おめでとう。

遠く離れて住んでいるけれど、

一緒にこの世の苦境を

乗り越えて行こうね。

素敵な1年になることを願っているよ。








昨日、ブログを綴った後疲れて

朦朧としていたが、

0時過ぎに

お誕生日メールを送った。

どうやら私が1番目のおめでとうメール

だったらしく、

凄く喜んでもらえた。

毎日、お互いメールを送りあい、

辛い事や苦しい事を

分かち合って過ごしている。

彼女との出会いは

大学1回生の、中国語の講義前であった。







その時の情報として

前期の中国語の講師は

物凄く厳しく難しい人だと

噂が飛び交っていて、

中国語を避けて

ドイツ語やフランス語を受ける

1回生が多かった。

なので、講義室に集ったのは

若干15名ほどであった。

私が講義が始まる10分前に

講義室の前で待機していた時、

大親友である彼女が

話しかけてきてくれたのである。







私は黙っていると

「怒ってるの?」

「何か、機嫌悪い?」


と言われてしまう

哀しい経歴を持っていたので、

相手から話しかけてくれた事が

とても嬉しかった。

どうやら私は目がきりっとしているので

きつい感じに見えるらしい。

でも、彼女はそんな事お構いなしに

気楽に話しかけてきてくれたのである。

その頃からお友達になり、

紆余曲折を経て

大親友になった。

本当は卒業してからも一緒に

過ごしたかったのであるが、

彼女は実家の都合で九州に帰ってしまった。

帰郷する前日は、それまで住んでいた

アパートを引き払った後、

帰るまでビジネスホテルで過ごしていた。

最後の日、私と彼女は

一緒に街中でお酒とおつまみを買って

夜中まで語り合いながら飲んだ。

彼女はとても優しく、朗らかであり、

だけど少し私に似た弱い部分もあって

とても気が合った。

お別れの時は、長い握手をした。

それ以来、ずっと携帯のメールで

連絡を取り合っている。







この記述で分かるように、

私には地元に深い仲の友人がいない。

内向的な性格も阻み、

友達を作るのが苦手なのである。

それは、うつ病であり

摂食障害である事も

邪魔をしていると感じている。

この病気を罹患していると、

中々人との交流を持ちたいと

想えないのである。

それは私だけかも知れないが・・・。







今朝は特に過食衝動

無かったが、

こころの中が何だかもやもやとして

すっきりとせず、苦しかった。

そして哀しかった。

だからなのか、また食事

始めてしまった。

寝付けない事も原因の1つかも知れない。

でも、何を食べたのか

どんな時間を過ごし何を想ったのか

全く覚えていない。

ただ、早く終わらせたくて

早く眠りたくて仕方なかった。

吐き出して、散らかったごみを捨て、

食器を洗えばおしまいである。

よく考えてみれば、

私はその行為によって

故意に『解離状態』へと

自分を導いているのであろう。

子どもの頃は、母の打擲という

痛みや苦しみから逃れる為に

それが始まったら自然に『解離』していた。

叩かれたり、殴られたり、

蹴られたりしている内に

意識がすうっと遠退き、

痛みと言うよりは熱さを感じ

只管許しを請う状態だった。

たった1人の母に

苦しみを与えられていると言う

『寂しさ』『哀しみ』が、

その状態に自分を追いやっていたのであろう。

過食と嘔吐も、

苦しみと共に『寂しさ』と『哀しみ』

存在しているので解離するのだと感じる。

また、無理矢理自分を解離状態にしたい為

過食と嘔吐を始めると言う部分も

否めない。

その状態にならないと、

正直私は、もう生きていくのが辛いのである。

泣いても泣いても

こころの中の澱は消えやしない。

自分の中にある厭なものを

見ないようにする為に食べている。

食べている時以外の時間は、

常に自分のこころの中を見つめている。

これからどのように生きるべきか、

病気と共に生きるためには

何をすべきなのか、

いつもいつも考えている。

だから時々、そんな苦しみや自分の醜さから

目を逸らしたくなるのである。

その逃避行為が、過食と嘔吐であり、

解離状態になる事なのかも知れない。

『逃げる』

という言葉はネガティヴな要素を

含んでいるが、

私は決してそれを悪い事だとは想わない。

起きている間、ずっと病気に苦しめられて

いるのであるから、

木陰で少し休憩するのも必要である。

自分を責め抜いても、苦しみや辛さ、

後悔そして哀しみばかりが残る。

それがまた病症に繋がってしまうのであれば、

一旦考えるのを止めて、逃げると言うか

休憩をするのも良いと感じる。







この世の中に虚無感が蔓延るのは、

国が率先して『良い子作り』をしようとしている面が

浮き彫りになっているからではないであろうか。

『良い子』でなければ生きていけない

社会が作られつつある昨今、

脳やこころの病を罹患する人々が増えている。

罹患した人々が情けないのではない。

弱いのでもない。寧ろ強く生きようとするから

病んでしまうのであろう。

また、病む事が悪い訳でもない。

勿論、苦しく辛い日々を送らねばならないが

それによって様々な事が見えて

より深い考えを持つ事ができるであろう。

病気も、チャンスなのである。

どんなに惨めで苦しく、寂しく哀しい毎日でも

私はこのチャンスを生かして

前を向きたいものである。





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Last updated  2007.04.07 21:29:44
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