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凍えたココロ

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2007.04.22
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カテゴリ:摂食障害
雨音が、静かに響いている。

道路の雨水を車が跳ね上げて

走っていく音が

心地良い。

家路へと急いでいるのであろうか。

温かい夕飯が食卓に並ぶ

家族の元へと。

暗がりの重い雲が覆う空の下、

家々に灯る明かりの中では

楽しげな会話が交わされているのであろうか。

私が過ごしてきた、『家族の団欒』は

果たして本物だったのであろうか。







此処の所、過食と嘔吐の回数が

増えている。

最早食事ではなく、

惰性で胃へと食べ物を詰め込んでいる。

その所為か、食べ物を見ると

吐き気がするようになった。

なのに、食べ物が無いと不安で

スーパーへ買い物に行ってしまう。

そして余らせてしまう。

だからつい、食べる回数も増える。

悪循環である事は充分承知しているのに、

習慣を変えることが恐くて、

同じ事を繰り返す。

自分の愚かさを悔やんで止まない。







それは、固定観念に縛られて、頑なになっている

という事である。

もっと柔軟な思考で、

『自在なこころ』で、

様々な事を感じられたら良いのに、

『強迫観念』からは逃れられない。

何が私を此処まで頑なにしているのか、

己を苦しめる行為を止めないのか、

どんなに考えを廻らせても

答えなど出ない。

脆弱さばかりが露呈していて、

途方に暮れる。







そんな時は眠ってしまうに限る。

でも、そんな時なのに眠気が吹っ飛んでいる。

気掛かりな事や不安な事、悩みを抱えていると

それが気になって眠れなくなるのである。

眠気を催す抗不安剤を服用すれば、

頭がぼんやりとして

身体を横たえると少しだけ眠れる。

土曜日は身体も怠い状態だったので

ぷつぷつと眠りは途絶えながらも

夜中に2時間位眠っていた。

それでも何だか本調子ではなくて、

発泡酒も美味しくないし、

煙草を吸っても不味いとしか想えなかった。

読書をする気にもなれないし、

ぼんやりとTVのニュースを眺めながら

座椅子の背もたれに上半身を預けていた。

寒いのか温かいのかも分からず、

ヒーターを点けたり消したり繰り返して

ぼんやりとカクテルの氷を食べた。

唯一、カクテルを作っている時だけが

無心になれて厭な事も忘れていられる。







4月に入ってから、

母の仕事先に変化があり、

まだ慣れていない様子である。

その為、不安定で揺れ動く母の心が

私にもダイレクトに伝わってきて、

動揺を隠せない。

お仕事で大変な母に、凄く心配を掛けていて

申し訳ないと想っている。

ならば、少しでも負担をかけないよう

努力すべきなのに、

私は病症に溺れてしまって

掴む藁すらない状態にある。







苦しいと、何かに縋りたくなる。

しかし、その対象が役に立たないものならば

それは忽ち『依存』となる。

辛くて苦しい時は、

強い信頼関係で繋がって出来た

『世界』に心身を委ねるのが良い。

『甘え』と聞くとネガティヴなものに

感じられるが、

『委ねる』であれば、罪悪感も無い。

しかし、余りにも深みに嵌り過ぎていると、

『委ねる』事すら出来ない。

安易に、すぐ傍にある依存対象

・・・それは食べ物であったり、お酒であったりするが・・・

そういったものに縋ってしまう。

一時的でも、簡単にこころを誤魔化せるからである。

けれども、主治医曰く

「睡眠に身を委ねる事は悪くない」

という事である。

睡眠は、心身の疲れを取るし、

『夢』という意識が自在になっている世界に

潜り込む事が出来る。

悪夢を見てしまう場合もあるが、

それでも現実世界の辛苦よりは

私はマシだと感じている。

今、凄く疲弊している状態なので、

放っておけばまた18時間位

すやすやと眠り続けているであろう。

けれども、その姿は母に負担をかけている事に

気付いた。

お互いに気遣いが過ぎる余り、

気掛かりな事となっているのであろう。

私としては、もう子どもじゃないのだから

夜中に1人コンビニへ行く事も厭わない。

しかし、母の考えでは

“頑張って娘を支えなければならない”という

頑なな部分がある為に、

疲れてしまうのだと想う。

その部分は、会話を重ねるという手段で

見解の相違を無くしていくのが大切である。

母にも仕事で疲れた身体を癒して欲しいし、

私も睡眠をたっぷりとる事で

日頃の辛苦を癒したいと想っている。

ただ、鬱々としている時は

話す事すら億劫になるので、

もう少し元気を取り戻してから

母とは色々な話がしたいと想う。







花屋の前を通ると、ふくよかな香りが漂っている。

雨の日となると、それが凝縮している感じがして

何とも言えない心地良い気分となる。

自然が醸し出す流麗さに、人間は勝てない。

そして自然にこそニュートラルな癒しが

存在しているように感じる。

大好きなシャワーを浴びる時間にしても

『水』が癒してくれている訳である。

22時位になったら熱いシャワーを浴びよう。

大好きなボディソープの香りに包まれるのも

私にとってはストレス解消の1つであるから・・・。





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Last updated  2007.04.22 21:07:33
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