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2007.04.23
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カテゴリ:希死念慮
夜が明けていく頃、

ずぶずぶとこころが

泥沼に沈んでいくのを

感じた。







「何で私は生きているんだろう。」

「もう疲れた。もう疲れた。」

「どうして死んではいけないんだろう。」

「もう生きていたくない。」

「死にたいよ。」


と言う言葉がエンドレスで

ぐるぐると頭の中を駆け巡った。

そして気付けば声を殺し泣いていた。

どうする事も出来ない自分が

余りにも不甲斐無く、

そして病気であるこの状態が

物凄く苦しくて、

あらゆる感情から逃げたいと

手首を傷つける事ばかり考えた。

以前は、そうやって自傷する事で

生の感情を押し殺していた。

自傷に依存する事で

痛みを感じ、それに逃げていた。

でも、いつまでも逃げてはいられない。

これでは元の木阿弥になってしまう。

どうする事も出来ず煩悶として

流れ出る涙を止める術も分からなかった。







いつの間にか声を洩らして泣いていた。

それを聞きつけた母が起きてきて、

泣きじゃくりながら

キッチンに立っていた私を

ぎゅっと抱き締めてくれた。

今まで、抱き締められても

何となく遠慮があって

身体を預けられなかった。

けれども今回は、

弱りに弱りきっていたので、

母に身体を預けて泣いた。

そして、私は生きていて良いのか

尋ねた。

母は、生きていて欲しい

言った。

「子どもの頃とか、中学生の頃とか、母さんは忙しくて

 お話を充分できんかったやろう?

 その分、今やっと色々お話する時間が

 できたんよ。」


と抱き締めたまま私の背中を

優しくぽんぽんと叩きながら

語りかけてくれた。

母の背中は想っていたよりも

小さくなっていて儚いものだったけれど、

私の背中はもっと小さくて

抱き包められた。

この涙は無駄ではないと感じた。







こんなにまで、自分が追い詰められ

そして追い詰めたのは久し振りであった。

訳も分からずこころの奥底から

「もう死んでしまいたい。」

と強く願っていたのである。

一旦その想いに囚われると

前を向く事が出来なくなる。

この重苦しい思考は、底なし沼のようで

自分1人の力では這い出せない。

泣いた事によって、

母が私をさりげなく抱き締めてくれて

泥濘から引き出したのである。

日常生活で、日本人である私は

家族であろうとも滅多に抱き締めあう事は無い。

でも、抱き締めあうと

そこに言葉は不必要となる。

こころとこころが繋がり

くたっと良い感じで力が抜けて

胸が温かくなる。

ずっとずっと『死んでしまいたい』

と言う気持ちから逃れられなかったのに、

母からの抱擁によって

その想いはすうっと昇華された。







病気に埋もれてしまうと、

こころが縛られて自在さが無くなり、

頑なになる。

やがて喜怒哀楽も感じられなくなって

ただそこに居るというだけになる。

それはとても虚しい。

その虚しさの中には、

哀しい、寂しい、心細い、温もりが欲しいetc...

と言った想いが含まれる。

いい歳をして甘ったれてんじゃないよと

健常者は感じるであろう。

私も出来る事ならば、

そういった想いを自分自身の力で

乗り越えたいと願っている。

でも、凄く弱っていて力が出ない時は、

温かい人間関係で出来た世界に

身を委ねる事も大切だと痛感した。

母の前で大泣きした事で、

忽ちこころは軽くなり、

「何とか生きていこう。」

と想えるようになったのであるから・・・。

母との関係は、『支え合う』というものに

なりつつある。

今はそれを大切にしたい。







それにしても、どうして今朝は

あんなにも強く希死念慮が

こころに発生したのであろうか。

考えを廻らせてみると、

『毎日毎日食べては吐くという繰り返し』

に違和感を覚え、辟易したのであろうという

答えに辿り着く。

今まで、病気だから仕方ないと

流されるように、時には惰性で

無理矢理食べたり吐いたりを繰り返していた。

そこに『違和感』

感じられるようになったのも

私のちょっとした変化なのかもしれない。

この感情は大切にするべきであろう。

いつまでもいつまでも

『食べて吐く』という毎日を

過ごす訳にはいかないのであるから。

些細な変化でもつぶさに感じ取れるよう、

こころをいつも磨いて研ぎ澄まさせていたい。







母の感覚は少し日本人離れしていて、

私や妹が弱っていたり困って哀しんだりしていると

さり気なくハグしてくれる。

その母の胸でひとしきり泣けた後、

頬や額に軽くキスをしてくれる。

少し照れ臭いけれど、それが何とも温かい。

今回のしぶとい希死念慮に自分1人の力では

手に負えず、母の力を借りたのは

正解であったと想う。

想い出してみると、小さい頃は

眠る前に“おやすみなさい”のハグとキスを

していた。

その日どんなに酷い打擲を受けても、

眠る前には必ず抱き締めてくれた母の感覚に

少々戸惑いはあったけれど、

痛みは緩和された。

今はもう、自傷の衝動も死にたいという願望も

薄く薄くなっている。

明日は電話診察の日である。

今日の事を詳しく話して、様々に想いを展開していきたい。

焦らず、ゆっくりと

治癒に向けて歩いていけたらと願う。





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Last updated  2007.04.23 22:24:11
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