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カテゴリ:摂食障害
毎朝、桃の木に祈りを捧げている。
花も落ちて最近は たわわに青い実が生っているのを 楽しみで見ている。 日に日に少しずつ大きくなっていく その桃の実たちを 私は愛おしく想い、優しく撫でる。 去年は2~3個しか生らなかったが、 今年は数えるのも億劫になるほど 花が咲いた分だけ実が付いている。 とても嬉しくなる。 木と共にKちゃんがいて そして姪っ子も育っている事を 考えると・・・。 主治医と話した昨日、 色んな不安は少し吹き飛んだ。 主治医の声は温かく、優しい。 初めて会った時は、主治医の身体の大きさと 声の大きさに少し恐さを感じていた。 それがいつの間にか、 安心を与えてくれるようになった。 例え電話越しでも、温かさを感じる。 そしてフレキシブルに私の病状に 対応して下さる姿勢を感じて ホッと安心した。 私はこの先生に見棄てられる事は無いと 確信した。 金曜日、ブログを綴った後、 惰性で過食を始めてしまった。 本当は何も食べたくなかったのに、 少し腑に落ちない事があった為か、 食べて紛らわそうとした自分がそこにあった。 それは弟の事である。 私は、家族の中で隠し事をされるのを とても嫌っている。 家族なんだから、何でも話して欲しいと想う。 それを、母と弟だけの会話で 私には隠して物事を進めようとする態度に、 『私は子どもの頃からあんなに 皆の事を想っていたのに 何で今更私だけ除け者にするのか』 と、正直気分が悪くなる。 母としては、 『余計な心配事を増やして欲しくない』 と言う気持ちがあるらしい。 けれども、今までもそうであったが 隠し事をされたり、誤魔化されたりすると それが発覚した時に自分が排除されていた事に 何だか納得がいかない気持ちになるのである。 私は何故だか勘が鋭いので、 隠し事や誤魔化しは後々見抜いてしまう。 だから最初から話して欲しいと想うのである。 今回は、弟が友達にお金を貸してしまったと言う 事であった。 『人にお金を貸したらもう戻ってこないものと想うべし』 と言うのが我が家族の心得である。 弟は、最近まで働いていなくて、 やっと引越し業者のバイトを始めた。 体力仕事なので筋肉痛や腰痛を訴えている。 母はそれが心配なのであろう。 色々と私に聞こえないよう弟と話し合っていた。 私は気になって 「どうしたの?」「何があったの?」 と尋ねたが、適当にはぐらかされた。 どうして家族なのに私にだけ 隠し事を作るんだろうと気分が悪くなって 私は黙ってスーパーへと向かった。 そんな事を考えていると 急に胃が痛み始め、貧血特有の立ち眩みを感じた。 手早く買い物を済ませていたら、 母もスーパーへやってきた。 私は目を合わせる事さえ苦しかった。 しかし、後々考えてみると、 母たちが私にそうした態度をとったのは、 余計な心配をして欲しくないと言う事であり、 気遣いである事を知った。 その思い遣りはありがたいが、 中途半端に隠し事を知り、 その詳細を聞かされないことの方が 消化不良な気持ちに陥る。 「あなたは何も心配しなくて良い」 と言われても、兄弟の事であるから 心配するのは当たり前である。 そこに『カード』と言う単語や『借金』という 言葉が聞こえると、余計に心配になる。 中途半端なのが嫌いな私にとって、 それは苦痛であった。 結局、尋ねても詳細は聞かされなかった。 とても哀しくなった。 けれどもこれは、母なりの気遣いであり 思い遣りであるので、 忘れてしまおうと想う。 摂食障害と言う病を治すのには、 数学のように決まった答えなど無い。 高校生の頃は、大学生レベルの 連立方程式を解くことが大好きであった。 答えが導き出された時、 何とも言えぬすっきりとした爽快感があった。 だから思考も数学的になり、 どこかに正解があると 考えてしまうようになっていた。 けれども、こころの病の治療は 人それぞれ違うものであるし、 治癒への道程も違ってくる。 それを承知していても私は、 何処かに正解がある筈だと 捜し求めてしまう。 これは余りにも安易であると反省する。 沢山の回り道をしたり 道に迷ったりと 模索しながら手探りで 歩んでいるようなものである。 そんな中、主治医との共同研究の中で この摂食障害という病の 奥底に潜むものを探る。 そして今は何が必要なのか、 どうしてこのような気持ちになっているのか 考えていく。 私は考えると言う事が 嫌いではないので、 主治医と話し合っていると 新たな発見に行き着くこともあり、 少し心が落ち着く。 やはり、私には未来が欠けていると 感じる。 先の事なんて全く考えられないし 見えない。 どんなに想像力があっても、 想い描くのを拒否している。 それは“今”が余りにも辛いからである。 此処の所、不整脈が出てきて 身体も苦しいのに、 無理矢理食べ物を詰め込んでは 排出している。 そしてぐったりとなって おかしな時間に眠る為 不規則な生活を送っている。 『過食する事』 に走ってしまうのは、 刹那でしか自分を捉えていないと言う 証拠であろう。 疲れているなら素直に休めば良いのに、 「沢山食べて吐きたい」 と言う気持ちに一度囚われると 逃れられない。 仕方ないと言ってしまえば そこまでであるが、 何とか自分なりに 努力すべき所は沢山ある。 それらを見つけていきたいものである。 金曜日、2週間振りの診察を受けたので 現在も幾分こころが落ち着いている。 もう、今は『死んでしまいたい』という気持ちは 少し薄れてきている。 沢山考えていく事はある。 如何に自分を過度に貶す事無く過ごせるか、 心身を休ませる為に何が出来るか、 自分にとってのリラックスとは何か等・・・。 でも時には思考を働かせる事も 一旦お休みして、 映画のDVDを観たり、読書をしたり 好きなお笑い番組を観たりして 食べ物からかけ離れた所で 過ごしたいものである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.04.28 21:19:51
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