4局目まで進んで音沙汰なしなので私が何も書かないと思った方、残念でした(?)
最後にまとめて書く気だったのです。
10年前の私の予想のうち、私が生きているうちには、碁でコンピュータはアマチュアの私に勝てるようにならないという予想は
2013年の段階で撤回いたしました。
しかし、今回私どころかプロに勝つことがないという予想まで大外れとなりました。
アルファ碁が、プロ、しかも世界最強棋士の一人である李世ドル九段を破ったとの報。
私の囲碁人生の中でも県本因坊取ったときとか、2006年に早稲田が立命館を5-0で破ったときとか、学生棋戦で入賞したときとかに並ぶか下手するとそれ以上に衝撃的な出来事だったと言えると思います。
おかげでかどうかは知りませんが、熱を出して寝込む羽目になってしまいました。
いくつかの項目に分けて、感想を言いたいと思います。
★棋譜について
世ドル初戦負けの報を見たときは、えっ?と思いましたが、その後棋譜を見る限り世ドルが明確に失着を打ったという様子も見られません。普通にアルファ碁が勝っているように思えました。
そして二局目を見ても、明らかにアルファ碁が強すぎるという印象を抱きました。
一局目だけでは、まだまだ先行きの予想は難しいのかな?と思ったのですが、二局目を見た時点で私は「これは0-5かもしれない」と予想し始めました。
なんといっても、アルファ碁はこういう所は苦手なのかな?こういった戦いになるなら世ドルに分があるんじゃないかな?という要素がなかなか見当たりません。
これが私の感想だけなら「アマチュアの適当な予想」で済まされてしまう所ですが、かつて世界戦で一世を風靡したプロが見ても、世ドル本人でさえ「世ドルに失着なし」「世ドル優勢のシーンなし」のようなので、本当に「勝機がない」というのは十分あり得るように思えたのです。
そして、私がアルファ碁の棋譜を見ると、「めっちゃくちゃに強い子供みたいな棋風」という印象を受けました。
形をよく知らない子供は、割と「これ筋悪くない?」「あんまり打たれてない手じゃない?」という手をバンバン打ってきます。
別にそういった「筋の悪い、あまり打たれていない手」であっても「明確に悪い」という訳ではありません。
そういう手を打って子供が敗れてしまうのは、単に子供が着手を生かし切るだけの絶対的な棋力が足りない、自分からその後の着手を考えにくい手を打ってしまい迷いを生じて変な手を打ち自滅するという話です。
とかく囲碁における着手というのは最善手の追求自体は当然としても、「多くの人にとって考えやすい着手」が優先されることが多いものです。
「どれが正解かわからない」「最善手が複数ありそうだ」という事態に陥った場合には「分かりやすい着手を選ぶ」のが人間の対局に向けた勝つための考え方としては優れています。
それが、子供より大人の方が囲碁が強い場合が多い一つの原因でしょう。
ところが、コンピュータはそういった「考えやすさ」というくびきがないのが原因なのか、あまり見慣れない、子供の打ってきそうな手を打ってくる。
そして勝ってしまう。決して力任せに何とかしているのではなく、ほらこんな手もあるんだよ、と言っているかのよう。
saiよろしく、ネット碁にふらりと出現して、強さだけ見せつけて「ツヨイダロ オレ」とかチャットで送ってきそう。
そんな印象をアルファ碁には抱きました。
他方、第4局は棋士どころか私にも一目瞭然な暴走手が目立ち、弱点も露呈しました。
プログラムが形勢が悪くなると暴走する、というのは将棋でもある話ですし、そこまで持っていくにも李世ドルの妙手があったわけですから、絶対的な棋力がなければ弱点はつけないでしょう。
一見すると変調っぽい李世ドルの4局目序盤の打ち回しも、もしかするとこういう展開になる可能性を踏まえていたのかもしれません。
予想外の事態に立て直せず暴走するのは、今後活かしていくにあたって致命的ですから、プログラムが課題を発見できたという意味でもこの勝利は良かったのだと思います。
★結果について
個人的に、「アルファ碁も流石に世ドルに勝てるとは思えないが、絶対にありえないとも言えないのでは…」くらいに思っていましたが、それでもこの結果はショックでした。
例え自分で勝てなくても、コンピュータが勝てないゲームが得意なんだぞ、というような我ながらさもしすぎる自慢ももうなくなったという訳です。
囲碁人生およそ30年、短い脳内天下でございました。
李世ドル九段の敗退は、将棋でいうならば羽生善治名人が負けたとか、野球なら全盛期のイチローが100打席立って打率1割以下という次元でしょう。
「日本最強」井山裕太を出したとしても、「世界最強」柯潔を出したとしても、事ここに至って「彼らならアルファ碁に勝てる」と考えることはできません。
今の将棋界で「羽生を出せばPonanzaに勝てるか?」と言えば、「勝つかもしれないけど、負けになる可能性の方が高いんじゃないか」と私は考えているのですが、アルファ碁も同様です。
現に李世ドルが一発入れた以上、他の棋士も一発入れることがありえないとまでは思ってませんが、仮に実施してみて枕を並べて敗退したとしても驚くことはできません。
かつて「囲碁を100とすると自分は6分かっている」と書いたのは無頼で有名な日本のトップ棋士藤沢秀行でした。
私個人としては李世ドルは秀行先生を上回って7に届いていると思っているのですが、少なくとも暴走せず普通に打っている時のアルファ碁は10以上。
3局目までは30あっても50あっても驚かないほどに感じられました。
そして、「囲碁とは李世ドルでも普通に敗れるような棋力の持ち主を想定しうる本当に深遠なゲームなのだ」ということでもあります。
人間が敗れたことは残念ではある反面、「囲碁というゲームがどれほど未開のゲームだったのかを改めて見せてくれた」という意味でのアルファ碁の功績は讃えられてしかるべきですし、この一点においてアルファ碁は囲碁殿堂入りしてもいいのではないかと感じています。
他方、李世ドル九段は3局目以降は辛い時間も多かったのではないかと思います。
李世ドルがかつて三段だった時に富士通杯で優勝して以降(この時の決勝の棋譜は、ヒカルの碁の進藤ヒカル―高永夏戦の棋譜として使われました)、李世ドルに強敵と言える棋士は何人もいたでしょうし、完敗したこともあるでしょうが、「当たっても当たっても一瞬の優位さえ取れずに敗れてしまうような棋士」なんて存在はいなかったはずです。
以前ならちょっと胸を貸す程度の心づもりで臨んでいればよかったのに、いきなり半ば人類代表としての重責まで負わされたのです。(将棋のように羽生善治名人を引っ張り出せなくなった例もあるので、いきなりラスボスというべき李世ドルを引っ張り出せたのはいろいろな意味で幸運だったでしょう)
私が彼の立場に立っていたなら、3局目に敗退した時点でもう辞めさせてほしいと泣きついていたでしょう。
それで4局目に至って見事勝利したのですから人類代表として最大限のことをしたと思います。
世ドルが世界戦で活躍しだして以降、世ドルに勝った経験を持つ日本棋士は私の記憶では井山裕太・山下敬吾・張栩・依田紀基・王立誠・結城聡・河野臨くらいしか浮かびませんし、彼らは負けたこともかなりあったはずです。
小憎らしいまでに日本棋士がほとんど勝てなかった李世ドルですが、最後まで打ち続け勝利も得た李世ドル九段に私は敬意を表したいと思います。
敗北という結果はさておき、今回ほど李世ドル九段をカッコいいと思ったことはありません。
twitterのトレンドにも「AlphaGo」とか「セドル」が登場するなど、注目を集めたでしょう。
「人類代表・李世ドル」は日本においても受け入れられたと思います。
井山7冠が生まれたとしても、ここまで注目されるかどうか・・・
★今後について
世ドル敗北の結果をどう受け止めるかは人次第で、賛否両論でもおかしくないでしょうが、現に敗れた以上、それを前提に今後のことを考えていくことも大切でしょう。
★★打倒アルファ碁~人間編
上記の通り、人間が勝つのは難しい域に達しているアルファ碁ですが、当然人間サイドも黙っているわけにはいかないでしょう。
おそらく、しばらくはアルファ碁に挑む棋士も韓国に限らず出るかと思います。
中国の「世界最強」柯潔もオファーがあればという話をしているようです。
ただ、前記した通り、「一発入れる棋士」は出るかもしれませんが「棋士が勝ちまくる」ことは望めない、と考えています。
長時間碁なら人間の方が・・・という説を主張している人もいたようです。
興行としてならばそれなりに面白いのかもしれませんが、人間の勝つ可能性としてみれば私は長時間碁はむしろアルファ碁の土俵になりかねないと考えます。
囲碁でアルファ碁より人間が強かった理由はしらみつぶしをする読みの力ではなく直感力なのですから、直感力のウェイトの落ちる長時間碁は人間にとってより不利なのではないでしょうか。
アルファ碁の強さは直感力だ、という話もありますが、そこでもダメならもうどうしようもないです。
将棋電王戦リベンジマッチの森下卓九段のような継盤作戦も、囲碁は着手の効果がかなり後にならないとわからないためおそらくあまり効果がないでしょう。
その意味で、人間が勝負するならばNHK杯方式くらいの早碁の方がまだ勝機があるのではないでしょうか。
ただ、これも人間がより強くなれるというより、「自分の隙を大きくする代わりにアルファ碁の隙を大きくする」という消極的で大味な戦法になってしまいますが・・・
将棋電王戦で登場した打倒AWAKE戦法のように、アルファ碁の隙を見つけることも考えられますが、これも学習を続けるアルファ碁にはあまり効果がなく、仮に一戦だけ効果を出したとしてもすぐに対処されてしまうと思われ、そうすると、今人類がアルファ碁をある程度安定して倒す方法は存在しないように思えます。
ぜひとも裏切ってほしい予想ではあるのですが。
★★打倒アルファ碁~プログラム編
将棋電王Ponanza開発者の山本一成氏やZen開発者の加藤英樹氏がドワンゴと組んで打倒アルファ碁を目指す囲碁プログラムに動き始めたようです。
あまりにも唐突かつすさまじいブレイクスルーでしたが、これからの研究でアルファ碁を倒すことも当然考えられていいはずです。
個人的には将棋電王戦を楽しんでみていましたので、囲碁の方も楽しみにしています。
★★今後の強豪プログラムの活用
もし今後、アルファ碁が市販されてくれば、人間を強化するのにプログラムとの共同研究も有効になる場合が出てくるでしょう。
既に将棋では棋士がプログラムと相談しながら研鑽に励んでいると聞きます。
もっとも、アマチュアの場合は基本的な思考回路や筋道の強化が先ですから、「人間にとって考えにくい手」を連発するアルファ碁は単独で人間の師匠となるのにはあまり向いていない印象があります。
囲碁の級位者~有段者レベルであれば、まだまだ人間のアマ強豪や棋士に教わった方が強くなるのにはよいと考えます。
しかしプロのレベルとなればもうそんなことも言っていられないのではないでしょうか。
神様の目からお互い終局まで最善手を打った結末が盤面●目勝ちというのがあったとしても、「最善を尽くしあって最善な結末に至る道筋」は決して一つではないと考えられます。
人間が限られたリソースで対局するなら、いくつもある最善手候補の中で、「いかに自分にも考えやすい最善を見つけ出すか」という能力も必要になってきます。
その意味で、例えアルファ碁が「どんな着手を打ち込んでも最善手を返してくる」というチートじみた性能を持っていたとしても、人間の強化に際してはマナーとかカウンセリングなどの問題にとどまらず、盤面の問題であってもプログラムだけで至れない要素というものはある、と考えます。
人間とプログラムが組むことで、新たな囲碁の地平が切り開かれる、と思いたい所です。
もちろん、ソフト指しならぬソフト打ちということがないような対策も今後は必要になってくるでしょう。
また、囲碁観戦にあたってのプログラムの活用も考えられます。
これについては、以前こんな記事を書きましたのでそちらを参照願います。
★追記
★★その1
日本棋院理事の堀氏がtwitterで井山名人との対局を打診したということですが・・・
私自身も含め、確かに見てみたい人も多いと思われる対局ではありますが、現役のタイトルホルダーを出すとなれば、様々な配慮が付きまとわざるを得ません。
将棋で羽生名人がプログラムとの対局に消極的なのもそれが原因です。
森内俊之九段もタイトルを持っている間はプログラムとの真剣勝負というべき対局には臨まず、タイトルをなくしてから叡王戦に出てきました。
将来的な目標として考えるくらいはいいと思いますが、先走りが過ぎるように思えます。
当面は幽玄の間に有料会員とかプレミアム会員のみが対局可能な対局プログラムとして実装可能にするとか、形勢判断ソフトとして使用可能にするとか、そういった利用についていろいろ考えるのが先決であるように思います。
★★その2
3月19日から行われるUEC杯コンピュータ囲碁大会には、どうやらアルファ碁は出場しない様子です。
今回ちらっと開発者を見ると、保木邦仁氏、山下宏氏、西海枝昌彦氏といった将棋プログラムで名を馳せた方々(保木氏はBonanza、山下氏はYSS、西海枝氏はSeleneの開発者)が名前を連ねています。
ZenにはPonanzaの山本一成氏も協力しています。
昨年までは山下氏以外は未登場でしたが、将棋が一区切りついたと見たのか、多くのプログラマーが囲碁に関心を持ち、打倒棋士、今となってはさらに打倒アルファ碁を目指していると考えられます。
googleが囲碁に本腰を入れた結果が今回の特大ブレイクスルーだったわけですが、日本のプログラマーの力を見せてやってほしいな、とこちらも期待しています。