略式裁判とは何ぞや?
前回の話をちょっと脇に置きます。 略式裁判と言うのは、刑事裁判では多く使われますが、これはなんでしょうか、というのが今日のお話です。 こんなニュースにも関連して。 刑事裁判では、被告人のために弁護人をきちんと選任する権利を与え、(最高刑が懲役3年オーバーなら弁護人なしでは裁判が進まないので国選でつける)、法廷で裁判官の前で対峙して被告人の言い分をきちんと聞きながら証拠調べをして…というのが原則的な形態です。 しかし、です。こういう刑事裁判は手間と費用がかかってしまいます。 そして、無罪を主張しているような事件ならそんな手間も仕方ありませんが、世の中の事件で被告人が私は無罪だ!と大きく争うような事件はそうはありません。 簡易裁判所に起訴して弁護人を付けるとそれだけで費用は7,8万円くらい(1回結審の自白事件を被告人だけ弁護して、もらえる弁護士の報酬が大体それくらい。これでも、弁護士の経費を考えるとむしろ赤字)になります。この金銭は裁判で被告人の負担から免除されることが多く、また仮に免除でなくても犯人から回収できない可能性もあり、その場合は税金から持ち出しです。 別に争いのある件でもないのに無駄じゃないか、と言う観点も出てきます。 また、裁判所にいる裁判官や書記官、出廷するための検察官や弁護士の人数にだって限りがあります。 検察官は公務員ですが、身柄拘束の日数制限やいざと言うときに逮捕令状を請求する(凶悪犯の逮捕は平日だけなんて悠長なことは言っていられない)令状当番などもあって残業やら休日出勤やらが常態化している世界です。 裁判官も似たり寄ったり(個人的な感想では検察官ほどではないにせよ、むしろ仕事を家に持ち帰ることが多いらしいし、令状当番の仕事もある)です。 弁護士も仕事にあぶれている弁護士が増えているとはいえ、残業は多いのが普通です。 そうすると、法曹関係者にとっても一々すべての事件を原則形態で済ませることは面倒この上ないのです。 それだけならまだしも検察がそういう面倒この上ないことをせざるをえなくなると、結局被告人サイドも付き合わざるを得なくなって(例えば法廷に確実に出すためには勾留するということになる)負担が増えます。 これらに対して、犯罪は事実だけど、お説教の上で今回は終わりにする起訴猶予と言う制度もあります。 しかし、起訴猶予は実質無罪放免なので、「いくらなんでも完全に不処罰ってどうなのよ」と言う事件には使えません。 そこで用意されている制度が略式裁判なのです。 検察が略式裁判を選んだ場合、検察は普通の裁判もできるということを伝えた上で、略式裁判の同意を被疑者から取ります。 原則形態が最初に書いたような裁判である以上、その原則形態を破るからには双方が同意していなければならないという訳で、もちろん同意するもしないも自由なので、断固正式裁判でと言うのならば、普通の裁判に移行するまでです。 しかし、同意が取れた場合、検察は略式裁判ということで起訴状を作り、事件の記録を管轄の簡易裁判所に送って、裁判所はその記録だけを見て、被告人の言い分を改めて聴取したりすることなく、書類を見ただけで判決を出します。 略式裁判の場合、普通の裁判と違って弁護人がつきません。法廷に行って裁判官の目の前に出ることもありません。 また、裁判における証拠能力(証拠として裁判官の判断材料になる適格性のこと)は、普通の裁判だと厳格な制限がありますが、略式裁判だとぐっと小さくなります。略式裁判で無罪判決があり得ないわけではありませんが、略式裁判を求めるのは有罪になる可能性が高いと考えておくべきでしょう。 そして、略式裁判は、有罪判決としては罰金または科料(罰金の少額版)の刑しか出せません。しばらくすると判決が出て、特に異議がなければ罰金を納めておしまい、と言うことになるのです。 弁護士にとっては、略式裁判で弁護活動をする場合はそう多くはない(経験した限り、被疑者段階で弁護人としてついていて、検察が略式を求めてきた際に被疑者に説明する程度)のですが、それでも略式裁判で処理できるのは検察にとっては重要です。窃盗罪に罰金刑がついた近年の改正も、窃盗を略式裁判で処理できるようにするためと言う話があるくらいです。 略式裁判が使われる主な犯罪は窃盗、交通違反や自動車運転過失致傷、廃棄物処理法などの一部特別法や条例違反などが主流でしょうか。罰金刑のある犯罪しか略式裁判が使われないことは当然ですね。 交通違反の場合、出頭してもらって一日で全部ぶっ通して終わらせる待命式略式手続と言うこともあります。 また、検察が略式裁判で来ないということは、裁判をやる前から「検察は懲役刑を求刑する気なんだろうなぁ」…というのが読めてくるということも多いです。では、今日のニュースに移りましょう。こんなニュースがありました。八尾署員証拠でっち上げ 正式裁判に…簡裁、略式命令「不相当」http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120327-OYO1T00197.htm これはどういうことでしょうか。 証拠隠滅罪も罰金刑があるので略式裁判で起訴されることはあります。 しかし、裁判所としては、実は略式裁判で起訴されたから罰金刑の判決を出すしかないという訳ではありません。「有罪判決」は罰金刑だけでも、他に手の打ちようもあるのです。 裁判所としては、送られてきた記録を見ると、 「おいおい、こんな奴罰金刑で済ませていい訳ねーだろ、(執行猶予を付けるにせよ)懲役や禁錮にしなきゃだめだ」 と考えることもあり得ます。「有罪無罪がかなり微妙な件だ。記録だけでは分からない被告人本人の言い分が聞きたい」 と考えることもあり得ます。(略式裁判に同意したからといって無罪になる場合を有罪にしてよくなるわけではありません) そうなったときには、裁判所は略式命令を不相当として、普通の裁判にしますという決定を出すことができるのです。 一般に、裁判所は検察の求刑を(少なくとも軽い方には)とても信用しています。罰金では軽くないかと思ったとしても、検察官がこの軽い求刑でいいと考えるということは何か事情があるのだろうくらいには考えます。 つまり、裁判所に「不相当だから通常裁判で」と言われるのは検察としてはかなり恥ずかしい事態なのです。 なお、検察や被告人サイドでも、略式裁判で有罪判決が出た後でも、やっぱり納得できないので正式裁判でと言うことも可能です。ただし、正式裁判に持ち込んだために判決が執行猶予付きの懲役刑などもっと重くなることもあります。