カテゴリ:日常生活から
『タップス』1981年アメリカ映画 監督ハロルド・ベッカー 原作テーファリー・フリーマン
ジョージ・C・スコット、ティモシー・ハットン、トム・クルーズ、ショーン・ペン 『タップス』はNHKBSスペシャルで年に一回くらいのペースで放送されている映画です。 映画専門サイトの感想やブログでの取り上げられ方を見てみると、広い意味での社会批判をテーマとした映画として捉て日本の状況を考えるきっかけとされるものが多いように見えます。 私は20代後半にレンタルビデオで初見した時は銃器の個人所有が多いと言われるアメリカらしい映画、と考えました。 40歳くらいの時に見た時にはティーンエイジャーの体力と考える力のバランスの危うさについて考えるきっかけをもらいました。 昨日3度目に見て、成功した組織の持つ問題点とリスク管理について考えるきっかけをもらいました。 つまりはどんな社会や組織でも起こりうる出来事を丁寧に描いた作品と考えるようになりました。 バンカーヒル陸軍幼年学校は140年の歴史を持つ寄宿学校です。 12歳から18歳までの日本の中高に当たる男子150名を、厳しい規律と学習及び軍事教練で鍛えます。 ベイシュ校長は「将軍」と呼ばれ、最高学年の生徒長も「少佐」と呼ばれるのが慣習です。 卒業式のクライマックスは在校生による本物さながらの正装での行進です。 しかしベイシュ「将軍」は、卒業式で1年の猶予を残して閉校となる事を明かします。 卒業式前に生徒長に任命されたばかりのモアランド「少佐」は卒業式後に「将軍」に学校の存続を訴えます。 「将軍」は「少佐」に理事会はバンカーヒルのようなミリタリーアカデミーの存在意義は失われつつあると判断した事を語りました。しかしモアランド「少佐」がこの話を理解するのは難しかったようです。 その晩は卒業生が女子を同伴しての恒例の卒業パーティーが開催されました。 地元の不良グループが、校門を守る生徒を挑発してケンカとなります。 本物の兵隊や警官は民間人の挑発に対して自制する事が通常要求されますが、生徒達はこれと逆の反応を取った事となります。 ベイシュ「将軍」も事もあろうに未成年のケンカのただ中に入っていきます。 不良グループはベイシュをケンカ相手と見なして飛びつき、彼の儀礼用の拳銃を奪おうとします。 これに逆上したベイシュは少年の一人に銃口を向けて引き金を引きます。 実弾が入っていたので、少年は至近距離で撃たれたために病院で間もなく死亡。 ベイシュは警察に連行された後に心臓発作を起こして重態となり、州は即時閉校と武装解除の決定を下しました。 私は儀礼用の拳銃には実弾を装填する事はまれである事をその他のアメリカ映画で知りました。 ベイシュ「将軍」の行動と保護者の権利を拡大解釈する「モンスター・ペアレント」の行動には共通点が多いように私には見えました。 TVニュースで州の決定を知ったモアランド「少佐」は、翌朝生徒達に武装解除に抵抗するため学校にろう城する事を呼びかけます。生徒は兵士として教育されているので、「少佐」の命令は絶対です。 小銃やマシンガン・手榴弾などの銃器・火器で武装して、生徒はすっかり兵士気分です。 モアランド曹長は保護者代表として息子のブライアン・モアランド「少佐」の説得に当たりますが、よせば良いのに妙に兵士扱いしたために却ってブライアンをつけあがらせてしまいます。 親ばか曹長の説得が失敗したので州は州兵の本格投入を決定。 M48パットン戦車で学校を囲んでから隊長のカービー大佐がモアランド「少佐」の説得に当たります。 既に水道電気が止められて投降生徒が相次ぎ、燃料の引火で大やけどを負った生徒も出ました。 カービー大佐はモアランドに状況を理解して行動するよう話しますが、ブライアンは低学年の生徒も兵士として戦わせるつもりだと挑発的に応じます。 ここでカービー大佐は 「お前は死に憧れている。兵は最後まで生きのびるために行動して戦うものだ。どんな時でも死を選択する事は悪だ。 クレイジーな大人が間違った事を教えたんだ。」と話します。 これはクラウゼヴィッツの戦争論にある「戦争は外交の手段」の定義に沿った言葉と私は考えます。 兵隊さんがみんな死んじゃったら何のために戦っているのだか将軍達だって訳が分からなくなります。 第2次世界大戦での総力戦が厳しく凄惨だった事実をふまえての考え方の変化の一つなのではないでしょうか。 人間の文明はそれまでの技術や考え方の継承であるという考え方を否定する事にもつながりかねないとも考えます。 投降しようとした12歳のチャーリーが犠牲となって、モアランドは初めて学校の教育に何かが欠けていた事を理解して投降を決断します。 しかし狙撃態勢のデービットは引き金を引く誘惑に負けて、投降を拒否。カービー大佐を狙撃、続いてマシンガンを乱射して小型砲弾による攻撃の対象となります。 大佐と州兵は防弾チョッキを着用しているので生命に別状はありませんが、学校には装備されていないため生徒は着用していません。 チャーリー・ブライアン・デーヴィットの3人の生徒は、学校の安全対策ゼロのために亡くなったとも言えます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012.07.28 11:48:25
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