|
テーマ:こま犬との出会いを楽しむ(47)
カテゴリ:趣味 1 こま犬の観察と写真撮影
高知県高岡郡四万十町というのが現在の町名ですが、合併につぐ合併で、不正確ですがどこの都市よりも面積が広くて長い町になっているようです。 私達のところは昭和31年の町村合併前は東又村と名乗っており、高知県では珍しい広い畑地がある純米作地帯で、昔、山内一豊公が徳川家康の采配でこの地に封ぜられた後 正確な資料は残っておりませんが、妹の嫁ぎ先は土佐の安芸郡からこの地に移住したと伝わっておりますが、 判官神社の狛犬 出雲地域を旅したときに松江城の中にあったある神社の境内にこの形式で、もっと大きな物があり写真にも収めておりますが、我々が育ったひなびた里、四万十町にもこの形式の狛犬さんが鎮座していたので、いささか驚きました。 出雲型狛犬の左手にある狛犬 この形の狛犬の尻尾 ユニ-クですよ。 昔も今も商いごとは売り込みがあるから買うのか、買い手が独自に情報を持っていて、自分の判断で注文をだすのかでありますが、島根県の出雲地方から大変遠い土佐の地にこんな面白い狛犬さんがおりました。 平野の狛犬 独断すぎるのでしょうが、上杉千郷先生の著書によりますと、大阪・堺市辺りが狛犬ノ生産地のようですが、その内の一つの特色として足が短い短足型を指摘されたおります。 平野の狛犬 左側 この東又(昔は村で12の集落で成り立っていたらしい)の十二社神社について 先述の奈路と黒石との間にこの十二社神社がありますが、私や妹が子供の頃は、その神社が大きく見えて、その秋祭りともなると親から小遣いを貰ってここへ出かけるのがかなり大きな喜びでした。 どこでも神社が集落統合の中心にあったと思えますが、この半世紀の中で、実際の地域の合併に継ぐ合併、人間の数も大幅に減り、いつの間にかこの十二社神社は役割を終えてしまった、そんな寂しさでした。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年04月20日 19時17分59秒
コメント(0) | コメントを書く
[趣味 1 こま犬の観察と写真撮影] カテゴリの最新記事
|