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テーマ:私の読書(24)
カテゴリ:本
ホンダジェット 前間孝則 2015年
開発リーダーが語る30年の全軌跡 ホンダが世界で好かれる理由がよくわかった。 たゆまぬ研究努力、率直に学ぶ姿勢、未踏の進歩に賭ける技術的野心、チームメンバーへのまなざし、顧客を喜ばせる信念、供給する責任、技術の伝承などなど、地道でかつ冒険的で、理論的でかつ野心的な姿がとても痛快でした。 本業で苦しんでいる報道が最近続いているが、世界の空を駆け巡る様子を想像すると、健在なりとエールをおくりたくなった。 革新の機体を設計した藤野道格氏、GEから提携打診されるまでのジェットエンジンをつくりだした藁谷篤邦氏、携わってきた技術者達、研究を継続させてきた歴代経営者達、事業参入を決意した経営者などなど、様々な関係者の事情や思いがあるだろうことを考えると、野心が成功を遂げたのは、創業者の残した教えがとても大きかったのではないかと思ってしまう。 著者の「悲劇の発動機 誉」では、国内最大の航空機メーカー中島飛行機の機体、エンジン開発とその運命が悲劇的に記されていた。技術力と生産力を集中できず、次々と着想、着手された戦闘機とエンジンが、世界最高水準の性能をつくりだしたがゆえに、その高度な仕様に職人までもが戦地にかりだされる製造現場では品質がともなわぬまま、実戦投入され、故障が頻発し、航空戦力の消耗・低下をもたらす悲劇が繰り広げられたという。製造・調達の科学的考察の欠けた海軍の技術省の計画能力が原因と断じていた 戦後、技術者達は、航空機製造を禁じられ、自動車産業に転身し、その情熱を自動車に振るったらしい。ホンダの創成期、モータースポーツで世界制覇した快挙はこうした技術者達によるものらしい。 高度成長も終わり、1980年代半ばに入社した技術者世代が、ホンダジェットを造り上げたらしい。戦前に、欧米コピーから学んだ後、世界最先端の技術水準に達するまでになった日本の航空機技術者達が、アメリカの命により航空機から去り、他分野に転身し、自動車産業を育て世界を席巻し、その後輩達が航空機を開発し、世界最先端機体を作り上げ、アメリカで供給する。 時を経て底流に脈打つものがあると感じてしまうのは、日本の未来に気楽すぎるだろうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Nov 18, 2015 04:39:02 PM
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