きらくら第206回は、ふかわさんが夏休みでした。代わってマルチな才能で活躍する清塚信也さんが登場され、清塚ワールドにたっぷり浸った2時間でした。
オープニング、清塚さんの編曲・ピアノ演奏による豪華絢爛たる「子犬のワルツ」が流れました。清塚さん曰く、「ショパンのライバルだったリスト風の演奏で、ショパンは神経質だったからあんな風に弾かれるのは嫌いだったと思う」と。なるほど。
今回最初の音楽は、月曜朝に、深夜勤明けで帰宅する車中で、ぼーっとした頭できらクラを良く聴くというリスナーさんから、目の覚めるような曲を、というリクエストに応えて、ディニク作曲、「ホラ・ディ・マルス(時計)」という曲でした。ザ・フィルハーモニクスの溌剌とした演奏でした。
○キラクラDON
今回の正解は、ヴィヴァルディ作曲のマンドリン協奏曲ハ長調RV.425第一楽章でした。映画「クレイマー・クレイマー」に使われた曲だそうです。中学校か高校の頃に全校生徒で、学校の体育館でこの映画を見て、この音楽に心を鷲摑みにされ、曲名を調べ電車に乗って町の大きなレコード屋に買いに行ったというお便り、妻が入院したときに3歳の息子の面倒・家事一切をやって非常に大変で、映画の主人公の心境に自分を重ね合わせたというお便りがありました。清塚さんも、生まれてすぐの次女と奥様が1週間ほど入院したときに、当時2-3歳くらいの長女さんと1週間ふたりだけで過ごして、「死ぬかと思った」と。長女はいたって元気で、お父さん大好き状態が全開となり、夜ははしゃいで全然寝ないで、退院する二人を迎えに行った車の帰り道、長女が「ママ、次はいつ入院するの?」と言ったそうです!それからリュオム番号を「業務番号」と思っていたというお便りもありました。僕も長年の間、リュオムではなくて「ギヨーム番号」だと思っていました。かつてマンドリン・オーケストラの定期演奏会でこの曲のソロを演奏し、演奏を終えて、「ごめんなさい、でもこれが今の私にできる精一杯でした」と客席にお辞儀をした思い出が今も生々しく、演奏会が終わったらその曲とお別れではなく、そこからまた始まるものなんだなぁとひしひしと感じた、というお便りがありました。そして、なんと前代未聞の新作落語!のお便りが千代田卜斎さんという方からありました。ご隠居さんと定吉のやりとりが爆笑もので、真理さんと清塚さんがお腹をかかえながら読んでいました。清塚さんのご隠居さんの役作りが絶妙で、さすが俳優の貫禄十分でした。あぁ面白かった!
ニアピンもありました。映画「第三の男」のテーマ、アントン・カラス作曲のハリー・ライムのテーマ。チターの音色がマンドリンと似ていて、ステッカーをゲットしていました。
最後に特選で読まれたのは、母が趣味で手品を披露するときのBGMとして先日この曲を用意した、11年前に他界した父が映画「クレイマー・クレイマー」のファンで、テレビで父と一緒に見たのが、この曲を知ったきっかけだった、母の手品の上演を父が草葉の陰から見守っていることだろう、という素敵なお便りでした。
○清塚さん来歴を語る
1982年東京生まれ、5歳からピアノを始め、全日本学生音楽コンクール中学生の部で一位となり、桐朋女子高校音楽科(共学)を首席で卒業後、モスクワ音楽院に2年間留学し、その後も数々のコンクールに優勝・入賞を果たし、現在ピアニスト・作曲家・俳優の三つの顔を持つ清塚さんが、御自身のこれまでの歩みを語りました。
母が厳しくて、「学校に通わなくていいからピアノを練習しろ、楽しんでピアノをやろうと思うなよ、勝負をかけてやれ。」と言われていた。逃げ場がなくて、唯一の楽しみが、映画を見る時間で、主人公に自分を重ねて、そういう時間がすごく好きだった。それで中学生の頃からこの三つをやりたかった。
その曲を弾く権利があるかどうか、信じられないほどの苦労の体験のもとに作曲家が書いたその曲を、自分が弾く権利があるか、芝居でも同じで、そのセリフを言う資格が自分にあるかどうか。それを磨くことってどうやったらいいのかわからない。
モスクワに留学に行ったのは、どっちかといえば、音楽というよりも、人生としての年輪を増やしかったというところがあった。当時は「逃げた」に近かった。わりと日本では「コンクール出なさい」とか、しがらみが多かったので、それから逃げて、真摯に音楽をみつめて、自分が本当に音楽が好きかどうか確かめたかった。
しかし日本を離れていると、コネクションがなくなってしまう。どんなに技術を磨いても、日本で発表の場がないと意味がない、それで帰ってきたが、案の定コンサートをするつてがなかった。モスクワで2年間、ただ音楽をやるのではなくて、クラシック音楽をもっと広く伝えたいと思った。だけど演奏の敷居を下げるのでは本当のクラシックではない、自分自身の敷居が下がらなくては、自分がもっとポップな存在にならなければと思って、映画界とか芸能界とかいろいろな門を叩いた。しかし自分が人生をかけるほど苦労して得たコンクール一位の経歴を持って行っても、映画界では全然通用しなくて、門前払いを食らったりして、傷ついた。高校のとき隣が演劇科で、演劇科の友人と一緒に演劇の練習をちょっとやっていたりしたのを武器に、営業した。そのうちに「のだめ」や「神童」の吹き替え演奏、演奏指導をやらせてもらった。
クラシック音楽という芸能は、ロマン派以降とくに、楽譜に書けないところの面白さをどう伝えるのかが醍醐味だと思っている。たとえば、連符。ショパンの五連符や七連符などを、均等にばらすのは不正解。これをどのくらいのペースでおとしいれるか、それがセンス。
これらの一連の濃いお話のあと、「連符だらけ」というショパンのノクターン変ホ長調、作品55の第二が、清塚さんの演奏で流れました。
○BGM選手権&即興BGMコーナー
BGM選手権、今回のお題は、伊東静雄の「自然に、充分自然に」でした。3枠採用でした。
ビゼー 交響曲ハ長調から、第2楽章の途中(額田王さん)
武満徹 「雨ぞ降る(Rain coming)」(霜月歩さん)
バルトーク 管弦楽のための協奏曲から、第2楽章「対の遊び」(ベーラ君大好きさん)
清塚さん曰く、メロディがない音楽の方が劇伴には向いている。(メロディーがあると)喧嘩してしまう。メロディという概念は、いわゆるセリフみたいなものなので、主役になってしまう。こう仰る清塚さんが、躊躇なく選んだベストは、武満徹でした。霜月歩さんおめでとうございます!
ひと休みで、マーラーの交響曲第5番、アダージェットがかかったあと、続いて即興BGMコーナーでした!伊東静雄のお題を真理さんが生で朗読するバックに、清塚さんが生ピアノでBGMをつけるという、なんとも贅沢な企画でした。ニューエイジ風の絶美のピアノと真理さんの声が感じあいながら流れる、極上のひとときでした。わたくしこの手のピアノは非常に好きで、清塚さんの即興に、完全にやられました。こんな即興を、さらりと弾いてしまうなんて、格好良すぎ。
即興BGMを終えた清塚さん、「音楽家の僕が言うのも何だけど、音楽は出来るだけない方が良い。結局音楽も芝居。表現だから、どこか表現しあってしまうと、それは喧嘩しちゃう」と。
○作曲家清塚さん語る
引き続き、作曲家としての清塚さんが紹介されました。昨年放送された民放のドラマ「コウノドリ」で、清塚さんが作曲してピアノを弾いた曲のさわりが流れました。劇中でピアニストとしてピアノを弾く場面とかで使われた曲だそうです。清塚さんによると、「この曲でこだわったのは、生命の誕生は必ずしも平等じゃない、そういう思い、そういう意味を孕んだ曲にしたいと思った。なので、聴く人が聴けば悲しく、聴く人が聴けば幸福感があるような、そういうのを心掛けて作った」と。本当にそのように響く、心打たれる素晴らしい曲で、ずっと聴いていたいと思いました。真理さんも、「今日は本当に贅沢」と繰り返していました。
○リスナーから清塚さんへの質問コーナー
Q1:オリジナルの曲を作るときに、クラシックの有名作曲家たちの影響を、気が付いたら受けていることはないか?
A1:ある。イベントのために書き下ろした曲が、そのまんま98%くらいがハイドンのチェロ協奏曲だった。本当に100%純粋な気持ちで自分の曲と思って書いたのに、罪悪感の塊になった。気をつけなきゃいけない。自分の中でジャムされて出てくるのでこわいなと思った。でもショパンの影響は、僕はあると思う。やっぱりショパンをたくさん弾いてきたから、そうじゃないつもりでも、どこか節々に出たりすると思う。
Q2:世の中のイケメンピアニストは皆ナルシシストと思っているが、清塚さんは本当はナルシシストか?
A2:ナルシシストでしよう、多分。自分はナルシシストは一番嫌いだが、何でかと言うとそれは深層心理で、自分がそうだからだと思う。たとえば鏡の前で髪とか整えるのも男性としては僕は凄く嫌い。起きたっぱなし。でもそうやって意識しすぎているところ。ナルシシストって、カッコいいだろうと思ってるんじゃなくて、自信がないというところも含めて、自分のことを考えすぎる人のことだ、と定義したら、多分ナルシシストだと思う。と。
とてもおもしろい二つのQ&Aでした。個人的には、本当のナルシシストは自分に自信があると思いますけど。
ここで突然僕のリクエストした曲がかかって、びっくりしました。ダウランドの「流れよわが涙」。第203回(9月11日)の放送でかかったスティングとカラマーゾフによるダウランドにいたく感動して、初めてのリクエストをしたものです。番組で流していただいてとてもうれしかったです。投稿した文章をここに書いておきます。
先日の放送で流れた、ダウランドをスティングが歌った「暗闇に私を住まわせて」には衝撃的な感動を受けました。ダウランドの音楽に内在する切実な孤独感を、スティングの歌は鮮やかに露わにしていたと思います。そこでこの機会にリクエストをしたく筆をとりました。
「暗闇に私を住まわせて」 と言えば、これをそのままアルバムタイトルとしたCDがあります。ジョン・ポッターというテノールによるダウランドの歌曲集で、その伴奏がすごいです。リュート、バロックヴァイオリンの他、なんとダブルベース、ソプラノサックス、バスクラリネットという布陣で、軋むような音も入っています。スティングと同じく、人間存在の孤独を照らし出すような演奏です。この中から何か1曲(できれば「暗闇に・・」か、「流れよわが涙」)をかけていただけるでしょうか。いにしえのダウランドの音楽が放つ、現代へのメッセージです。
○真理さんの好きな曲:クライスラー作曲「シンコペーション」、五嶋みどりのヴァイオリン。
真理さんが仰るには、清塚さんのイメージで選んだ、演奏にすごくセンスが問われるし、なんかお洒落だし。清塚さんはあまり共演者を持つことがないと言っていたが、伴奏者というものはあってないようなもので、こういった伴奏に徹するものでもやはり完全に共演者になるので、是非共演者を誰か作って、こういうのをやって欲しい。
○清塚さんの好きな曲:ショパンの舟歌、アルゲリッチのピアノ。
清塚さんがショパンの曲の中で一番好きな曲だそうです。清塚さん曰く、36歳のころに書いた晩年の作品で、パリで行われたショパン最後の演奏会で、この舟歌と子守唄の2曲だけしかソロは弾けなかった。結核で、いたいたしいほどやせ細って、歩けないほどだった。自分でも死期を悟っていたと思う。ショパンの特徴は、辛いときほど幸福感に満ち溢れた曲を書く。辛い時ほど、それを忘れるためなのかどうかわからないけれど、音楽に逃げ込むみたいなところがある。それがどっかに出てくる痛さというか切なさみたいな、ちょっと片鱗がある。それが、さきほど言った「弾く権利」につながってくる。僕がどういう風に弾くべきか。
これに応えて真理さんが、「先日マーラーの交響曲を演奏したときに、ユダヤの歌は、短調で幸福なものを書き、長調で悲しいものを書く、ということをきいて、奥深いと思った」とお話されてました。
真理さんのお話は、先日のマイスター指揮・読響の6番のときのことかもしれませんね。指揮者から聴いたのか、誰から聴いたのか、とても興味深い話です。ただ僕としては、ユダヤの音楽がことさらにそうなのかどうかは、良くわかりません。世の中のかなりの音楽って、そういう性質を含んでいるように思います。もっと突き詰めて言えば、たった一つの音、一つのフレーズに、悲しみも喜びも、すべてがある、それが究極の音楽かとも思います。かつて2012年11月にサントリーホールでマイケル・ティルソン・トーマス&サンフランシスコ響のマーラー5番を聴いたとき、まさにそういう音楽を体験しました。僕のマーラー5番の二つのベスト体験のうちの一つです。
このあと相槌の話でさらに清塚さんの語りが熱を帯びて、真理さんとふたりで大いに盛り上がりましたが、これは省略します。
本日最後の音楽は、山好きかっちゃんさんのリクエストで、武満徹の「ギターのための12の歌」から「 失われた恋」「星の世界」「シークレット・ラヴ」、鈴木大介さんのギターでしっとりと流れました。
番組の最後に、清塚さんが、「全ミュージシャンにアンケートをとったら、一番人気はチェロとオーボエだと思う」と。いずれチェロとピアノの曲を清塚さんに作曲していただき、真理さんと清塚さんによる演奏を、期待しています(^^)。
清塚さんの美しい音楽と含蓄多い語りで、非常に豊富な内容の2時間でした。もっともっとお話を聴きたかったです。今度はふかわさんをまじえて3人による語らいが、実現したらいいなと思います。