算数スイッチがとまりません。おまけシリーズの最後として、今回は犬の走った距離を、正統的な(?)数学的アプローチで解いてみようと思います。
はじめに、ちょっと前置きです。僕はこの算数の問題をきいて、アキレスと亀のパラドックスを思い出しました。ご存じの方も多いと思いますが、ウィキペディアを引用しておきます。
“あるところにアキレスと亀がいて、2人は徒競走をすることとなった。しかしアキレスの方が足が速いのは明らかなので亀がハンディキャップをもらって、いくらか進んだ地点(地点Aとする)からスタートすることとなった。スタート後、アキレスが地点Aに達した時には、亀はアキレスがそこに達するまでの時間分だけ先に進んでいる(地点B)。アキレスが今度は地点Bに達したときには、亀はまたその時間分だけ先へ進む(地点C)。同様にアキレスが地点Cの時には、亀はさらにその先にいることになる。この考えはいくらでも続けることができ、結果、いつまでたってもアキレスは亀に追いつけない。”
これがアキレスと亀のパラドックスですね。もちろんうさぎと亀でも同じことになります。
今回の算数の問題でも、これと似たようなパラドックスが成り立ちます。
“A君から出発した犬君は、A君より速いので、必ずA君よりも先にB君のところに到着する。次にB君から出発した犬君は、B君よりも速いので、必ずB君よりも先にA君のところに到着する。これを繰り返す結果、いつまでたってもA君とB君の二人は合流することができない。したがって犬君は無限の往復運動をしなくてはならない。かわいそうな犬君!”
しかし現実には、アキレスはやすやすと亀に追いつけますし、A君とB君はやすやすと合流できて、犬君もめでたくご褒美がもらえます。この現実を数学的に説明するとしたら、距離がどこまでも短くなっていくと、しまいにはゼロとみなして良いという、収束の概念が使われます。確か高校で習いました。ずっと忘れていましたが、今回の問題を考えるにあたって、ネットを調べたりしているうちに、なんとなくそれを思い出しましたので、それを使ってみます。
それでは前置きはこのくらいにして、始めます。考え方の骨子は、犬君が全部でN回往復したとして、N回分のそれぞれの距離を全部たして、犬君の走った全距離を求める、という考え方です。
犬君が走った全距離をS、1回目の往復で走った距離をS1、2回目の往復で走った距離をS2、N回目の往復で走った距離をSNとすると、
S=S1+S2+S3+・・・・+SN ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
です。
さて前回の記事に書いたなかに、重要なポイントがあります。犬君が1回往復したときに、A君とB君の距離が、その前の距離の5/14に縮まるというところです。毎回毎回、犬君が往復するたびに、いつも同じ5/14の比率で縮まるのがポイントです。犬君が往復するごとに、A君とB君の距離が同じ比率で縮まっていくので、犬君がその都度走る距離も、同じ比率で縮まっていくのです!このいつも同じ比率という性質により、以下のようにあらわすことができます。
以下の表記で、二乗とか三乗とかのべき数を、上付き文字で表示できないようなので、便宜的に赤い背景色で示しました。たとえば(5/14)2とあるのは(5/14)の2乗、(5/14)3とあるのは(5/14)の3乗、という意味です。
S2=S1×(5/14)
S3=S2×(5/14)=S1×(5/14)2
S4=S3×(5/14)=S2×(5/14)2=S1×(5/14)3
以下も皆同じなので、
SN=S1×(5/14)Nー1 と表わせます。これを上の(1)に当てはめてみましょう。
S=S1+S2+S3+・・・・+SN
=S1+S1×(5/14)+S1×(5/14)2+S1×(5/14)3+・・・+S1×(5/14)Nー1
これをS1で括ると、
=S1×[1+(5/14)+(5/14)2+(5/14)3+・・・+(5/14)Nー1]・・・・・・・・・・(2)
さぁここからが数学的処理の核心部分です。
上の式で下線の部分を見ると、最初が1で、そのあとは等しく5/14の比率で減っていく、全部でN個の項目が、列のように並んでいますね。これを数学的に言うと、「初項1、項比(5/14)、項数Nの等比数列」です。これの合計を求めるわけですから、「等比数列の和を求める」ことになります。
ここで公式の登場です。等比数列の和を求める公式、というのがあります。受験生の方は良くご存じでしょうけれど、ワタクシは公式などすっかり完全に忘れていますので、こちらを調べてみました。
http://mathtrain.jp/sumtouhi
ここに書いてある通り、一般に、初項a、項比r、項数nの等比数列の和は
a+a×r+a×r2+a×r3+・・・+a×rnー1=a(rn-1)/(r-1)
となります、というか、なるそうです。公式の証明は今回すっとばし、使うだけ使わせていただきます。(公式の証明に興味ある方は、上記のサイトを熟読ください。)
この公式を上の(2)にあてはめてみます。今回の場合、aが1、rが5/14 ですから、
S=S1×[1+(5/14)+(5/14)2+(5/14)3+・・・+(5/14)Nー1]
=S1×{1×[(5/14)N -1]}/[(5/14) -1] ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
ここで、分子の中のrnすなわち(5/14)Nがポイントです。Nが無限大に大きくなったとき、この値はどんどん小さくなって、ゼロにどんどん近づいていきます。これがいつまでもゼロにならないと考えると、先ほどのアキレスと亀のパラドックスの話が成立するのです。しかし数学的には、Nが無限大に大きくなると、極限値としてゼロに収束する、と考えるわけです。すなわちゼロとみなしていいということです。そう考えると、アキレスは亀に追いつけます。犬君もゴールインできるわけです。無限回往復しないとゴールできないという言い方はなんかちょっと気になりますが(^^;)。
したがって、N→∞(Nが無限大)のとき、(5/14)N=0 です。
そうすると、(3)の {1×[(5/14)N -1]} の部分は、1×(0-1)=-1 になります。
また、(3)の分母の (r-1)は、(5/14)-1=-9/14 ですね。
これらを(3)にあてはめると、
S=S1×(-1)/ (-9/14)
=S1×(14/9) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
となりました!ここまで来ると、俄然、解けそうになってきましたね!
あとはS1、つまり犬君が1回目の往復で走った距離を求めるだけです。
S1については、前回の記事の図を見ながら読んでいただくと、わかりやすいです。
まず、往路です。犬君が最初にB君のところに着いたとき(図の中段です)、犬君の走った距離は、最初の距離の6/7ですね。犬君はそこから方向転換し、復路に転じます。犬君がA君のところに着いたとき(図の下段です)、犬君が走った距離は、「二番目の距離」の3/4です。「二番目の距離」は最初の距離の4/7ですから、4/7掛ける3/4=3/7です。つまり犬君は1回目の往復のとき、往路は最初の距離の6/7、復路は最初の距離の3/7を走ったわけです。結局往路と復路を合わせて、最初の距離の6/7+3/7=9/7を走ったことがわかりました!すなわち、
S1=1000×(9/7) メートル、です。
さあ、これを(4)にあてはめましょう。
S=S1×(14/9)
=1000×(9/7)×(14/9)
=2000
実は自分でもひやひやしましたが、無事2000メートルになりました!良かったです。
犬君にも、走る前に「無限回往復してね」というとへこむでしょうけれど、「2000メートル走ったら終わりだよ、ご褒美だよ」と言えば、喜んで走ってくれると思います。このふたつ、同じことを言っているというところが面白いですね。もし犬君に前者の「無限回」という言い方をしてしまってへこんでしまったら、こう言って励ましてあげましょう。
「大丈夫、君に限界はない。」