カテゴリ:マーラー演奏会(2019年)
今回のギルバートの6番演奏を聴いたのを機会に、ハンマー3回についていろいろと調べてみました。この記事はその2として、これまでハンマー3回を実践した指揮者たちについて書きます。
その1の記事に書いたように、ハンマーを3回叩かせる場合、楽譜は「改訂版」を使用して3回目のハンマーだけ追加する場合と、「初期版」を使用する場合の二つがあり得ることになります。3回ハンマーは、これまでに誰が、どんな風にやっているのでしょうか。 1 バーンスタイン:改訂版の楽譜に3回目のハンマーを追加 まずは何といってもバーンスタインですね。バーンスタインのDVD(1976年ウィーンフィル)では、ハンマーを3回叩いている映像がはっきり写っています。 ではCD(1967年ニューヨークフィル、1988年ウィーンフィル)ではどうなのでしょうか。やはり3回なのでしょうか。音で聴くだけでは良くわかりません。 そこでニューヨークフィルの公式サイトを見てみました。デジタルアーカイブ https://archives.nyphil.org/ で演奏会記録を見ることができます。それによると、バーンスタインがマーラー6番を振ったのは1回だけで、1967年4月27日、28日、29日です。CBSによる録音はこの演奏会の直後、5月2日と6日に行われています。 このアーカイブでは、バーンスタインの手書きの書き込みがあるスコアも見ることができます!確認したところ、楽譜は改訂版(1963年のマーラー協会の全集版)で、当該箇所(第783小節)を見ると、印刷されていない3回目のハンマーを、赤鉛筆でHAMMER (3!) fff と追加で書き込みしています。したがってニューヨークフィルとの録音でも3回打ったことはまず間違いないと思います。下が当該箇所のバーンスタインの書き込みです。 (ニューヨークフィル デジタルアーカイブより) なお、ここの前後の他のパート(チューバ、トロンボーン、ティンパニ、チェレスタ)には特に何の書き込みもされてなくて、ハンマーだけを追加していることがわかります。ついでに、この音量指定のfffというのもちょっと注目です。音量指定は、初期版でも改訂版でも同じで、1回目のハンマーがfff、2回目がffです。初期版の3回目がffです。バーンスタインが3回目を敢えてfffとして書きこんだところに、バーンスタインの思い入れの強さが現れていると思います(^^)。他のパートに手を加えていないことと合わせて、初期版への回帰ではなく、独自の思い入れでのハンマー追加ということがわかります。 晩年(1988年)のウィーンフィルとの録音でもおそらく3回であろうと想像しますが、レコードの英文解説には何も記載がなく、僕の知る範囲では確実なことはわかりません。 2 ミトロプーロス:第3版(ハンマー2回)から第2版(ハンマー3回)へ変更、さらに第3版に回帰、ハンマーは? 3回ハンマーをネットで検索したところ、ミトロプーロスが3回打っているらしいということがわかりました。そこでニューヨークフィルの演奏会アーカイブを見てみたところ、ミトロプーロスがニューヨークフィルで6番を振ったのは2回ありました。 最初は、1947年12月11日(木)、12日(金)、13日(土)。これがアメリカ初演だそうです。楽章順は第二楽章アンダンテです。コンサートのプログラムも見ることができ、ハンマーは2回と明記されていました。使用楽譜は明記されていませんが、この当時はまだマーラー協会の全集版は出ていないので、3回目のハンマーがなくて、第二楽章アンダンテであれば、第3版のはずです。 なお、このときのプログラムは11日と12日は、最初にマーラー6番、休憩を挟んでガーシュウィンのピアノ協奏曲(ピアノはオスカー・レバント)でした。13日は学生のためのポピュラーコンサートと銘打たれていて、最初にベートーヴェンのコリオラン序曲、ついでヘンデル作曲カサドシュ編曲のヴィオラ協奏曲、休憩のあとマーラー6番でした。 2回目は1955年4月7日(木)、8日(金)、10日(日)です。これがアメリカにおける2回目の演奏だそうです。ミトロプーロスの初演以後、アメリカでは他の指揮者は誰もとりあげていなくて、ひとりミトロプーロスだけが振っていたわけですね。楽章順は前回と同じく第二楽章アンダンテ。しかしプログラムを見ると、今度はハンマーが3回と明記されています。 ニューヨークフィルのデジタルアーカイブで、ミトロプーロスが書き込みしたスコアも見ることができます。見てみると、第2楽章がアンダンテです。そして終楽章の当該箇所(第783小節)には最初から3回目のハンマーが印刷されています。そのハンマーの音符にミトロプーロスが青鉛筆で丸く印をつけてありました。第二楽章がアンダンテで、3回目のハンマーが打たれていて、その前後のオーケストレーションはチューバ、トロンボーンがあり、ティンパニは二人、ハンマーに先行するチェレスタはありません。この当時もまだマーラー協会の全集版は出ていないので、使用楽譜は第2版で決まりです。(アーカイブにもそう明記されていました。)下が当該箇所のミトロプーロスの書き込みです。 (ニューヨークフィル デジタルアーカイブより) なおこの1955年のときの演奏会のプログラムは、7日と8日は最初にモートン・グールドの「管弦楽のためのショーピース」という作品で、休憩をとらずに続けてマーラー6番の第一楽章と第二楽章を演奏し、そこで休憩をとり、その後に第三楽章と第四楽章を演奏しています。変わっていますね。これに対し10日日曜日はお昼14時30分からのコンサートでプログラムが異なっていて、最初にウエーバーの魔弾の射手序曲で、休憩なしにマーラー6番を演奏しています。実はこの10日の演奏会は、ラジオで放送されるための演奏会でした。 ニューヨークフィルの自主制作CDで、放送録音によるマーラーの交響曲全集「The Mahler Broadcasts」が出ています。1番から9番までと、10番の第一・第三楽章の、いろいろな指揮者による1948年から1982年までの演奏が収められた12枚組の全集です。このうち6番が、この1955年4月10日のミトロプーロスの演奏会です。実際にこのCDを聴いてみると、3回目のハンマー(第783小節)があるのかないのかは良く聴きとれませんが、そのあとのティンパニ(第783~785小節)が、二人で打っていて、その打音のタイミングが微妙にばらけていることが聴きとれます。それで、ここを二人のティンパニ奏者で打っていることがわかります。したがって第3版にハンマーを足したのではなく、第2版を演奏したのだということが耳からも確かめられます。 ところで、このCDの6番解説に書かれているエピソードがすごく面白いです。そもそも1947年のアメリカ初演のときも、12月14日日曜日に90分のラジオ番組で放送するための演奏会があり、それでガーシュウィンのピアノ協奏曲が放送される予定だったそうです。ミトロプーロスは、是非マーラー6番をラジオ放送したいと思いますが、2曲だと90分に収まらないので、ガーシュインの協奏曲を撤回してもらいたいと考えます。そこで彼は、オーケストラのマネージャーに、ガーシュインを弾く予定のピアニストに10日の演奏を辞退するように説得してくれないか、と懇願する手紙を出します。その手紙のコピーと、それが断られてがっかりしたという手紙のコピー付きで、そのことが紹介されています。 そして1955年のラジオ放送については、今回はミトロプーロスが満を持して、マーラー6番がラジオ放送の枠内に収まるように、1曲目のウエーバーと休憩なしで6番を演奏したということです。ミトロプーロスが如何に強くアメリカの人々にこの曲を広めたいと熱望していたかが現れているエピソードです。 それほどまでに6番に強い思い入れのあったミトロプーロスが、前回1947年では第3版を使用してハンマー2回だったのが、その8年後には第2版を使用してハンマー3回にした。ミトロプーロスが何故このように方針を変えたのかはわかりません。何かそのあたりの発言でも残っていたら知りたいものです。 なおミトロプーロスのマーラー6番の録音が何種類あるのかは知りませんが、この1955年4月10日のラジオ放送録音の他に、ケルン西ドイツ放響とのライブ(1959年8月31日)があります。僕もこのCDを持っていますが、3回目のハンマーがあるのかどうかは聴いても良く判別できません。ただし使用楽譜については手がかりがあります。3回目のハンマーの少し前の頂点、第773小節の3拍目です。ここは改訂版では、他の多くの楽器が沈黙を守る中、チェレスタだけがffで和音を打ちます。(低音楽器はこの小節の1拍目から全音符を持続させていますが、3拍目に新たに発音するのはチェレスタだけです。)金子健志氏が、上記した千葉フィルの解説ページで、このチェレスタの和音がピカッと光るように出ることにより、ハンマーとは異次元の凄い効果を発揮していて、聖書のソドムとゴモラの閃光のようだ、と熱く語っておられます。このチェレスタは、初期版では入っていません。それで、ここのチェレスタの和音が聴こえれば改訂版ということがわかるわけです。 ミトロプーロスのケルン西ドイツ放響とのライブでは、このチェレスタがはっきり聴こえてきました!したがって楽譜は第3版と考えられます。 ここまでミトロプーロスをまとめると、以下の変遷をたどっていると思われます。 1947年 第3版、ハンマー2回 1955年 第2版、ハンマー3回 1959年 第3版、ハンマー不明 3 ショルティ:改訂版の楽譜に3回目のハンマーを追加 あとショルティも、金子氏の著書「こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲」によると、改訂版(全集版)の楽譜を用いて3回叩いているということです。しかしこれとは別に、ショルティは第1版(1906年カートン社)の楽譜で演奏しているという意見もあるようです。どっちなのでしょうか。手持ちのショルティ&シカゴ響のCDは廉価版の全集で、解説書にはそれについては何も書いてありませんでした。 それでともかくCD(1970年録音、Decca)を聴いてみました。チューバやトロンボーンの有無、ティンパニが二人か一人かというのは、なかなかわかりにくいです。(二人のティンパニの打音のタイミングが上記のミトロプーロス1955年盤のようにばらけていれば二人だとわかりますが、ピシッとそろっているので一人なのか二人なのかわからないです。 そこで一番わかるのは、やはりチェレスタの有無です。この3回目のハンマーの直前、第782小節4拍目からのチェレスタのグリッサンド風7連符と、それから先ほどミトロプーロスの1957年の演奏のところで書いた、その少し前の頂点、第773小節の3拍目のチェレスタの和音です。これらが入っていれば改訂版です。聴いてみると、第782小節には、チェレスタと思われる音がかなり明瞭に入っています。それから第773小節の方は、かすかな音ですが、3拍目に何かが(^^)はいっています。もしも初期版であれば、この小節の第3拍目には何も音がしないはずです。ですのでショルティは、このチェレスタで判断する限り、金子氏の仰るように改訂版(全集版)にハンマーだけ追加して打っている、と思われます。 4 ザンダー:初期版、改訂版の両方を録音 列伝というにはちょっと趣向が異なりますが、ザンダーのことも書いておきます。ザンダー指揮フィルハーモニア管のCD(2001年録音、テラーク)は変わり種というか親切というか、終楽章を、「初版」と「改訂版」による2種類の演奏で収録しています。リスナーは両者を聴いて比較できるので資料的価値が高いし、聴くときに好きな方を選べるというメリット?もあるわけです(^^)。録音もテラークなので鮮明です。楽譜を見ながら「初版」「改訂版」それぞれの音を聴いて確かめるにはもってこいのCDで、確かに、いろいろな発見があります。 しかし・・・・・これには楽譜と一部矛盾があることを、今回聴いて発見してしまいました。先ほどから書いているチェレスタです。初期版と改訂版のチェレスタをもう一度まとめておくと、 初期版:第773小節の3拍目のチェレスタの和音 なし 第782小節の4拍目(3回目のハンマーの直前)からのチェレスタの7連符 なし 改訂版:前者 あり 後者 あり となります。しかしこのザンダーのCDでは、 「初 版」:第773小節の3拍目のチェレスタの和音 なし 第782小節の4拍目(3回目のハンマーの直前)からのチェレスタの7連符 あり 「改訂版」:前者 あり 後者 あり となっているのです。第782小節の4拍目(3回目のハンマーの直前)からのチェレスタの7連符が、「初版(original version)」と「改訂版(revised version)」のどちらでも、非常に明瞭に聴きとれるのです!通常の初期版には入っていないはずです。 これは変です。ここのチェレスタが入っている初期版も存在するのだろうか、との疑念がよぎります。残念なことにこのCDの解説書は楽譜についてはまったく記載がなく、単に「初版(original version)」と書いてあるだけで、実際にどの楽譜を使っているのかは言及がありません。 何だか良くわからなくなってしまいました。。。 5 その他の指揮者 ○佐渡裕:兵庫芸術文化センター管弦楽団との演奏会でハンマー3回だったということです。僕は日本フィルとの2012年の演奏会で、ハンマーを3回打ったのを直接目撃しました。この当時は僕はそれほどハンマーにこだわっていなかったので、漫然と見ていて、使用楽譜は不明です。佐渡さんは師匠バーンスタインの強い影響でしょうから、おそらく改訂版にハンマーだけ追加したのではないかと想像します。 ○パーヴォ・ヤルヴィ:フランクフルト放響との演奏(2013年6月録音、C-Major、DVD):が発売されています。このDVDは保有していませんので、映像で確認していません。このDVDの宣伝のインタビュー記事で、ハンマーについてヤルヴィが、「私は2回、最近になって3回使うようになりました」とコメントしています。その後、2017年にN響と演奏した時は、僕も聴きに行きました。ハンマーは特に覚えていませんが、普通に2回だったと思います。そうなると、2回→3回→2回と変遷しているのでしょうか? ○井上道義:1990年の新日フィルとの演奏で3回叩いていたとどなたかがブログで書いていらっしゃいました。僕もこの演奏会は聴きに行きました。アンダンテ楽章第154小節からのカウベルが素晴らしかったです。音の響きとして素晴らしいというのではなく、あたかも井上道義自身がカウベルの中心の棒になって、ホール全体がカウベルになって鳴り響いているようなものとして体験するという、稀有な感動をしたことを今もまざまざと覚えています。しかしハンマーについては全然覚えていません^_^。この演奏はCDにもなっていますが、解説書にはハンマーのことは何も記載されていません。 他の指揮者にもいるかもしれませんが、今回ちょっとネットで検索した範囲では、3回ハンマーの指揮者はこのくらいでした。他にご存じの方いらしたら教えていただけるとありがたいです。 以上3回ハンマーの指揮者を見てきました。次の記事に、今回のギルバートの3回ハンマーがどうだったのか、その背景はどうなのかについて、書きたいと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2020.01.08 22:18:17
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