カテゴリ:きらクラ!
きらクラがとうとう終わってしまいました。4月からは何やら新番組「X(かける)クラシック」が始まるようですね。そのホームぺージを覗いてみると、今月のテーマが「鉄道×クラシック」と決まっていて、メッセージも募集していますが。。。
私、昔から何につけても切り替えが遅い方です。新しい番組への気持ちの切り替えは簡単にできそうもなく、しばらくの間マイ・テーマは「きらクラ欠けるクラシック」です。きらクラの周回遅れの記事をボチボチ書いていきます。 3月8日のきらクラです。滑り込み企画第一弾、「マーチ・イン・マーチ」。春の行進曲祭りでした。 前回の藤田真央さんの回のお手紙がふたつ読まれました。 真央さんのへらへら感、漫才みたいで楽しかった。あと4回、全力で聴く。 ふかわさんと真理さんに甘える弟のような表情を想像して頬が緩んだ。 本日の「マーチ・イン・マーチ」、最初の行進曲は、調子の良い鍛冶屋の息子さんのお便りで、「ジャニアリィ・フェブラリィ・マーチ」か「マーチ・エイプリル・メイ」のどちらかをというリクエストで、後者の曲(矢部政男作曲、1993年吹奏楽コンクールの課題曲)がかかりました。さわやかで気持ちの良い吹奏楽の行進曲でした。世の中には面白いタイトルの曲がいろいろあるものですね。3月から4月へ、きらクラが終わるのが、「マーチ・エイプリル・フール」だったらいいのに。 きらクラDONの正解は、ベートーヴェン作曲、劇音楽「アテネの廃墟」より「トルコ行進曲」でした。いろいろなお便りが読まれました。 ○シューベルトやモーツァルトのトルコ行進曲と比べて、ベートーヴェンの行進曲は一番トルコの軍楽隊の雰囲気を醸し出している、子どものころ良く曲に合わせて足をどんどんと踏み鳴らしていたものだ。 ○小さい頃からこの番組を聴いている、今ピアノで練習しているのですぐに分かったという小学校3年生。 ○幼少の頃姉がピアノの練習で繰り返し繰り返し弾いていたので自然に刷り込まれて好きになった。 ○NHK-FMの特別番組で、嘗てのオスマントルコ帝国によるウィーン包囲が、のちのトルコ趣味の流行につながったと聞いた。その番組では実際のトルコの軍楽隊の音楽を少し聴いた。確かに軍楽の本来の目的である戦意喪失を促すような不思議に不気味な音楽だった。当時のウィーンの人々に衝撃を与えたのだろうか。トルコ軍楽隊風の独特のリズムとメロディーが、モーツァルトやベートーヴェンのトルコ行進曲の途中に突如登場して聴く者にインパクトを残す。水戸の公開収録会場は自宅から徒歩10分ほどの近さだったのに落選し、二度と届かない距離になってしまった。 ○小学生の頃、朗読レコード付き童話全集の話の最後にこの曲がおさめられていた。ポータブルレコードプレーヤーで曲をかけながら畳の部屋の中をぐるぐると妹と行進した。 ○中学生だった頃トルコ行進曲と言えばモーツァルトと思っていたが、クラス一の秀才に尋ねたら咄嗟にベートーヴェンと答えが返ってきたことに感心した。 ニアピンがありました。クワイ川マーチ。ふかわさん「質感近い」とステッカーを贈呈。かねてからニアピンに対しては結構冷たく、傑作ニアピンにステッカーをあげないことが多いふかわさんでした。いつだったか、ふかわさんがお休みで真理さんがどなたかのゲストを招き、真理さんが仕切っていた回で、ゲストの方に、「ニアピンにもステッカーをあげるんです」と説明していて、ニアピンにステッカー嬉しそうに差し上げていました。真理さんは本当はもっとニアピンにステッカーをあげたいといつも思っているんだなぁ、と真理さんの優しさに感じいったものでした。僕も日頃番組を聴きながら、スーパーニアピンに対して結構冷淡なふかわさんに「もっとステッカーをあげて!」とか、「真理さんもっと強く言って!と心の中で叫ぶことが多かったです(^^)。そんなふかわさんも、場組の最後が近づき大盤振る舞いで、2週連続でニアピンにステッカーを差し上げています。 クリアファイルをゲットしたのは、これまでのきらクラDONでの全行進曲の出題を網羅して書いた投稿でした。 ここから、リスナーのチョイスによる行進曲が次々に紹介されました。 ○シューベルトの軍隊行進曲(サンディギタリストこと小山しんいちさん)、自分にとってクラシック音楽の最初の曲。半世紀ほど前、幼稚園で頻繁にかかっていたこの曲がいつしか頭の中にしみこまれ、ここからいろいろ広がって、気が付けばクラシック音楽の虜になってしまった。 ○同曲(還暦過ぎおばさん)、数十年前通っていた幼稚園ではいつもこの曲で園庭を行進していた。「大空晴れて心楽し、春は近くで呼んでいる」という歌いだしの歌詞が付いていて今でも歌える。当時の園の生活や景色などが懐かしい。私のクラシック好きはここから始まりと思われる。 ここでふかわさんが、私の世代ではシューベルトの軍隊行進曲が、あるテレビゲームのBGMに使われていたと。 ゲームのBGMになった行進曲と言えば個人的には、「レミングス」に使われていたモーツァルトのトルコ行進曲が強烈な印象です。ネズミが大行進してそのままにしておくと最後は皆落ちて死んでしまうのを、いろいろな手段で少数のネズミを犠牲として!、できるだけ多くのネズミを救う、というすごいシチュエーションのゲームです。ひところ職場でかなり流行っていて、自分もかなりはまりました。何匹のネズミを犠牲にしてしまったことでしょうか。レミングスに使われていた様々なモーツァルトのトルコ行進曲を集めた動画がありました(^^)。僕が特に印象に残っているのは17分45秒あたりからのです。 ○フチーク作曲「剣士の入場」(いつまで初心者さん)、7年前の年末年始、大学と高校にそれぞれ入学した姪二人をウィーンとプラハへの旅行に招待し、プラハでチェコフィルのニューイヤーコンサートを聴いた。普段クラシックを聴かない二人に、演奏される曲を旅行前にあらかじめ聴かせてみたところ、「UFOキャッチャーの曲や」と。チェコの作曲家をメインとしたニューイヤーコンサートの最後がこの曲だった。この3月に大学を卒業した姪へのお祝いとしてかけてほしい。 ○ベルリオーズの幻想交響曲から第4楽章「断頭台への行進」(いずみちんさん)、50年前、小6のとき初めて聴いた幻想交響曲に本当に大きな衝撃を受けた。ふかわさん「これは描写型かもしれない」。 ○同曲(たんたかさん)、行進できる行進曲だと思う。ふかわさん「あっ、行進しようと思えばできるんですね。」 ○ベルリオーズのハンガリー行進曲(ラコッツィ行進曲)(やまぐちかれんさん)、所属しているアマオケでまさに今月演奏される予定だった、しかし感染症対策で中止。この曲の始めの方のピチカートに苦戦している。この部分はプロでも難しいから良く練習するようにとマエストロから言われていた。弾けば弾くほどこの曲にはまっていく。 ○同曲(愛も恋もチェリッシモさん)、大学オケでチェロを始め、初めてのステージで弾いた曲。テンポが速めでさらにアルコとピチカートと弓の持ち替えが忙しく悪戦苦闘した。ある練習の日、隣で弾いていた先輩から「あっ」と言う小さな叫び声が聞こえ、見ると先輩の弓が私の方に飛んでくる。先輩が持ち替えに失敗し手をすべらせてしまった。目の前で宙を舞う弓。一瞬にしてまわりの時間が止まり、スローモーションで落ちていく弓。なんとかしなくちゃ!私は咄嗟に左手を差し出した。すると何ということでしょう、手の上に先輩の弓が乗っかったのです。(真理さん「素晴らしい!」)今でもこの曲を聴くと、デビューのドキドキよりもその時のハラハラの方が先によみがえる。 ○ドビュッシーの、「民謡の主題によるスコットランド行進曲」(宿り木さん)、実はこの曲を聴いたことはないが、大好きなベルガマスク組曲と同時期に作られたピアノ連弾曲なので、ラジオから流れるのを楽しみに敢えて聞かずに投稿する。閉塞感をふっとばせる曲だといいな、と。全曲がかかりました。 ○エルガーの威風堂々第1番(ヴァイオリン弾きのころわんさん)、自分の勤務する小学校の卒業式では例年卒業生の入場時に5年生がリコーダーでこの曲を演奏する。しかし今年の卒業式は卒業生と教職員のみとなり、自分の関わっている支援教室の児童も苦手ながら一生懸命練習したものの当日列席できなくなった。式の簡略化で入場はCDの予定だったが、教職員でなるべく温かい式にしようと、音楽の先生がクラリネットを吹き、自分のピアノ伴奏でこの曲を演奏する予定、精一杯演奏したい、と。 ○同曲(心はオレンジピールさん)、今日娘の高校の卒業式だった。簡略された式で音楽の演出が少なかったせいか、心の中にはずっとこの曲が流れていた。それだけでもこみあげてくるものがあった。 ○藤田玄播作曲、「若人の心」(トラッペさん)、1977年吹奏楽コンクールの課題曲だが、自分が中学生のとき体育祭の入場行進に必ずこれが使われていた。マーチでは珍しいマイナー進行で、当時は何でこんな古くさい曲でやるのかと思いながら行進していた。校長先生がにこにこしながら手拍子を送っていたので、あぁ校長が好きな曲なんだということで皆の意見が落ち着いた。あれから30数年すぎてあらためて聞くと、いい曲だ。一生懸命頑張っている若者たちの姿が見えてくるようでじーんとする。今の自分はその時の校長先生の世代に突入。中学生がこの曲で元気に行進していたら、そりゃにこにこしながら手拍子しちゃう。中学生のとき文句を言ってしまった天国の藤田玄播先生ごめんなさい。そして素敵なマーチを作ってくださってありがとうございました。 ○古関裕而作曲、東京オリンピックマーチ(リアリストあらいさん)。圧倒的に好きな行進曲。イントロ部分からぱーっと脳裏に青空と白い雲が広がる。晴れやかさ、勇壮さ、気持ちが盛り上がる。いい意味での緊張感を伴う盛り上がり。音源をスマホに入れて持ち歩いているので、気分のエンジンをかけたい時に聴いている。(ふかわさん「これは素晴らしい日本の宝です。今年もこれをどこかで聴きたいですけどね~。」) ここでひょっこり行進曲がふたつかかりました。 ○ショスタコーヴィッチ交響曲第5番第1楽章の途中9分頃から(エスプレッソさん)、交響曲などひょっこり出てくるひょっこりマーチにも惹かれる。最初は聴いている方が恥ずかしくなるほど変だと思ったが、聴き慣れると心地良く感じられるようになり、ひょっこりマーチを待っていたりする。 ○マーラーの交響曲第3番第1楽章の途中(ジャクリーヌ3世)、えっ、きらクラ終わっちゃうの?ちょっと待っち、待っちくれーということでマーチ特集なんですね。そしたら「ひょっこりマーチ」を投稿します。私の大好きなひょっこりマーチといえば、マーラー作曲交響曲第3番の第1楽章の途中です。マーラーは当初この楽章に「夏が行進して来る」という表題をつけていたそうです。後にマーラーはこの表題を削除しましたが、まさに夏がやってくる浮き浮きした感じがして、いろいろな動物たちが次々に行進してくるような、わくわく感にあふれています。特に練習番号20あたりからの2~3分ほどは、遠くかすかに始まった行進が、だんだんと近づきながらにぎやかに盛り上がっていき、なんとも楽しく素敵です。バーンスタインとニューヨークフィルの古い方の録音(1961年)だと、楽章が始まって丁度10分あたりからです。私たちの心の中で、きらクラ!はいつまでも行進し続けまーち。 ふかわさんが、動物たちが踊っているとか行進している曲って時々ある、と結構反応してくれました。真理さんも、この曲割と最近やったのですごく覚えている、このマーチを弾いてるのが弦楽器の半分だけで、聴いてるとホント遠くからやってくるみたいな錯覚がある、マーラーは自然の感じが独特な表現方法でいろいろ聴こえてくる、と。 このジャクリーヌ3世さんは不詳私です(^^)。マーラーの3番は最も好きな曲です。以前ギタリストの村治佳織さんがゲストに出られたときの第22回BGM選手権「偉人の名言 人生哲学編」で、グスタフ・マリアンヌさんのマーラー3番終楽章がベストをとりました。このときふかわさんの無言の圧力に負けずに、村治さんがこの曲をベストにしたことは以前の記事にも書きました(^^)。僕の知る範囲では、これ以外にマーラー3番がきらクラに登場したことはないと思います。いずれマーラー3番を自分の投稿でも出したいと思っていたところ、行進曲祭りで、最後の機会と思って出しました。じゃく3から進化・発展したこのラジネは、今日も快調の家族さんと他愛無いコメントをやり取りする中で家族さんのアイデアを基に完成したもので、これまで時々投稿していましたが採用されたことがなかったので、今回採用されてうれしいです。 ○クーラ作曲、結婚行進曲(お昼寝大好きさん)、先週の放送で番組の歴史が家族の歴史と重なるというお便りがあった、我が家も同じで番組開始時には大学生だった娘が小学校の教員となり、今年の5月には母校のチャペルで結婚式を挙げることになった。また5年前夫が60歳を目前に職場の移転という大きな決断をしたときにはふかわさんと真理さんに夫に向けて「チェストー!」という励ましの言葉を言ってくださいと無茶なお願いをした。懐かしい思い出ばかりで、あらためてきらクラは自分の生活になくてはならないものだったと思う。ふかわさん真理さんこだまっちさん、今度は私から感謝をこめてこの言葉を送ります「チェストー!」。きっと素晴らしい人生が待っている。さて、舘野泉さんのゲスト出演以来この曲が大好きになった。華やかではないけれど穏やかな幸せに包まれているよう。娘の結婚の準備を手伝いながらこの曲の脳内再生を繰り返すことだと思う。 ○同曲(三月のおさむさん)、ゲスト回でのお話が印象的だった舘野泉さんのピアノで初めてこの曲を耳にしたときの感動は未だに忘れられない。この曲をはじめ、きらクラを聴いていなければ出会えなかったであろう音楽は数知れず、どれも自分にとっても大切な宝物となった。 ○チャイコフスキーのスラブ行進曲(まぬる猫さん)、1977年に男子高校に入学してヴァイオリンを始め、その年の秋の文化祭にこの曲を演奏することになったが、楽譜も読めずに始めた初心者にはついていけず、コンサート直前に指揮をつとめる顧問の先生から「誰かシンバルやりたい奴いるか?」の一言に救いを見出し躊躇なく立候補した。ところが一件落着とはいかず、さらなる試練が。文化祭直前に行われたレコード録音用の演奏時、fffでシンバルを7小節連続して鳴らす箇所で何回鳴らしたのかわからなくなった。もう1回鳴らすのか、それともこれが最後なのか、頭の中はパニック状態。シンバルが鳴り終わるといきなり音が薄くなる小節、そんな箇所でシンバルを思いっきり鳴らしてしまってはそれこそ演奏がぶち壊しになると咄嗟に判断しシンバルを鳴らすのをやめた。ところがもう1小節あったんですね、シンバルの鳴るべき小節が。今でもそのときのレコードにはfffの中でシンバルの音が一つ足りない演奏が記録されている。青春の苦い思い出がある名曲。 真理さん「ありますあります、一瞬不安になったらもう終わり」、ふかわさん「ブラジルのアゴゴベルもそう。どこでブレークだっけと迷うから、すごくppで鳴らしだす」、真理さん「不安が音に乗っちゃうんですよね~」と、かなりの盛り上がりを見せました(^^)。そして全曲がかかりました。始まって約6分ごろ、主題が勇壮に歌われるところで、確かにシンバルの7回打ち箇所がありました(^^)。 ○ここで真理さんたのもうが二人。最初は鴨川のほとりさんの出題、真理さん全然わからず降参で、スーザの「星条旗よ永遠なれ」でした。続いて、へたの横好きトロンボニストさん。ふかわさんがかなり長いお題を熱演すると、真理さん自信無げでしたが、見事に正解!チャイコフスキーの交響曲第6番第3楽章でした。 ○勝手に名付け親:お題はベートーヴェンのドレスラーの行進曲による九つの変奏曲でした。6人採用。 引っ越してしまうあの子へ(レモネードさん) クラリネットなくしちゃった(あんこ玉とその家族さん)←「クラリネットがこわれちゃった」にかけて 人事部への道行き(猫のレオンさん) 一人でひっそりラジオ体操(芦屋ののもやん) 卒業までの道のり、ありがとう学舎(味付けのりかさん) 〆切前夜(永遠の5月さん)テーマと全変奏のそれぞれにもタイトルがついてストーリーがありました! ベストは「一人でひっそりラジオ体操」でした。 このお題には僕も「クラリネットをこわしちゃった」にちなんだタイトルを出したのですが、ひねりが足りず、ボツでした。 ところでこの8年間にふかわさんは、フーマン(ピアニスト)、リコーダー吹き、サンバアンバサダー、パーカッショニスト、波製造器と、様々な楽器を演奏されていますね。そんなふかわさんですが、僕の怪しい記憶によると、番組初期の放送で、ふかわさんはクラリネットが大好きで、「クラリネットになりたい」と仰ったように覚えています。まだフーマン化するよりずっと以前の話です。僕の記憶違いでなかったら、その後クラリネットの話題がほとんど出ないのが不思議ですが、今でもまだふかわさんの中にクラリネット愛は続いているのでしょうか、ちょっとお尋ねしてみたいです。 ついでに「クラリネットをこわしちゃった」の替え歌「きらクラが終わっちゃった」も作ってみました。かなりくだらないです(^^;)。記事の最後に、おまけとして書きました。 ○ここで突然伊福部昭の勇壮な行進曲、映画「怪獣大戦争」から「怪獣大戦争マーチ」オリジナルサウンドトラックが流れました。きらくらのすけさん(吉良クラ之丞、で良いでしょうか?)のリクエストでした。次回はきらクラ滑り込み企画第二弾、日本人作曲家祭り開催、とアナウンスがありました。 ○続いてBGM選手権のお題が発表されました。梶井基次郎の「檸檬」でした。これは以前2014年2月の第41回BGM選手権に出題されたとき、ふかわさんが「ベスト該当者なし」としたお題です。ふかわさんは、悩んだがどうしても納得ができず、独断と偏見とわがままで、権力の濫用をしてしまった、と。しかし時を経た今、日本人作曲家縛りで改めて再出題となりました。 ○ワーグナーの「神々の黄昏」から、ジークフリートの葬送行進曲(へヴィーコンダラさんまたはアフターフェステイバルさん)、高校時代に吹奏楽でこの曲のティンパニを演奏した。ある日突然現れたあるOBの指導で、約30人の編成でなんとか演奏会までこぎつけた。多分、ない楽器のパートを他の楽器に割り振ったりとか苦労されたのだろうと今更ながら思う。このとき指揮をした友人は10年前に亡くなり、隣にいた同じ打楽器パートの友人は同じころ病に倒れコミュニケーションがとれない状態になり、突然の訃報を思いだすと非常に寂しい気持になるが、青春時代の楽しかったことも同時に思いだす。そのOBが練習のときに「非常に悲しかったときのことを思いだして演奏するように」と言われたことを思いだす。そのときは割りと幸せな生活を送っていたのでそれほどの感情移入はできなかったのですが、と。そして全曲が流れました。 なお、このきらクラの本放送があった3月8日とその前日は、びわ湖ホールで沼尻竜典さんと京響ほかによる「神々の黄昏」が、びわ湖での4年がかりの「指輪」の締めくくりとして全曲上演されるはずでしたが、感染症問題で公演は中止となってしまいました。それで両日とも無観客で上演し、ネットで無料ライブ中継したということです。びわ湖の無念とシンクロするような、ジークフリートの葬送行進曲のオンエアでした。しかもこの放送では、良く演奏される本体部分だけでなく、その前の牧歌的な美しい部分も4分ほどたっぷりと流してくれたので、しばしワーグナーのサウンドに浸れました。 ○真理さんの選んだ行進曲:シベリウス作曲、「カレリア組曲 」から 第3曲「行進曲風に」 真理さんは、「(この曲について)赤毛のアンが自転車を濃いで草原を走っているようだというふかわさんの言葉を聴いて、本当にその通りだと思って、聴くたびにさわやかな風を感ずるようになった。」調べたら、第100回のふかくらのときにかけていた、ということです。ふかわさんのこのコメントは僕も良く覚えています。 ○ふかわさんの選んだ行進曲:エルガー威風堂々第4番 ふかわさんが常々、威風堂々の中で一番好きだとおっしゃっている第4番です。ふかわさん仰るには、中学校で吹奏楽の部活だったので、卒業式が生演奏だった。予行演習なんかで演奏の練習があるので、生演奏を聴きながら卒業式の練習をしていると、聴きながらもう泣いちゃっている。本番よりも予行演習の方がなんか想像をいろいろとかきたてられてこみあげるものがあった。この曲と聴くといまだに、体育館に敷かれたカーキ色のシートをこする上履きの感触が未だによみがえると。(真理さんは「緑」と仰っていましたが、ふかわさんは「カーキ」にこだわっていました。何故?。) 威風堂々第4番はきらクラでも何回か放送され、200回記念の放送でのBGM選手権「上を向いて歩こう」ではヒダス・キャタディさんのBGMとして採用され、ふかわさんにかなりのインパクトを与えていました。僕も威風堂々5人兄弟の中でこの第4番が一番好きで、昔職場の運動会で音楽を担当したとき、この曲を行進曲に使い、表彰式にはコープランドの市民のためのファンフーレを使ったことが良き思い出です。 ○ヨハン・シュトラウスのラデツキー行進曲、3人の方のお便りが読まれました。 いろあすさん:ここ数年、元旦はウィーンフィルのニューイヤーコンサートを見てラデツキー行進曲でテレビの前で一緒に手拍子をしないと年が明けた気がしない。さあ今年も頑張るぞと言う気持ちにさせてくれるパワーがある。定番の安定感、クラシック音楽ならではの懐の深さのなせる技。 らふまにのぶこさん:できれば小澤征爾指揮のウィーンフィルのニューイヤーコンサートでお願いしたい。今から14年前、息子が高校のオケでコンサートマスターになることに決まり悩んでいた。私の持論だが音楽は技術だけではない何かがとても大切で、それは演奏者の心だと思っている。その心を学びにそうだウィーンフィルのニューイヤーコンサートを聴こう、家族で冬のウィーンに旅立った。チケットが取れて楽友協会で聴いた。コンマスが笑みをたたえながら楽しそうに本当に全身全霊で一つ一つの音を奏でている姿を真剣な眼差しで見つめる息子の横顔が、この曲を聴くたびによみがえり胸が熱くなる。 音楽さん:うちの息子、赤ちゃんの時どこも悪くないのにだっこしてもあやしても泣き止まなくて、あきらめてベッドに寝かせてヨハン・シュトラウスのLPを聴かせた。しばらくしたらこの曲でピタリと泣き止んだ。今でもこの曲が好きみたい。 ふかわさん「皆様拍手の準備はよろしいでしょうか」。 そして春の行進曲祭りの最後として、ラデツキー行進曲が流れて、お開きとなりました。 ○おまけ:「きらクラが終わっちゃった」 ←「クラリネットをこわしちゃった」の替え歌 ♪ 僕の大好きなきら~クラ 毎週聴いてたきら~クラ とっても大事にしてたのに 終わって聴けないことになる どうしよう、どうしよう オーパッキラクラ、パッキラクラ、パオパオパパパ オーパッキラクラ、パッキラクラ、パオパオパ きらくらDONが聴け~ない そらみみクラシックが聴け~ない とっても大事にしてたのに パパが知ったら怒るかな どうしよう、どうしよう オーパッキラクラ、パッキラクラ、パオパオパパパ オーパッキラクラ、パッキラクラ、パオパオパ BGM選手権と勝手に名付け親がない メンバー紹介とひょっこりクラシックと始まりはクラシックがない とっても大事にしてたのに 番組表にも見つからない どうしよう、どうしよう オーパッキラクラ、パッキラクラ、パオパオパパパ オーパッキラクラ、パッキラクラ、パオパオパ、オッパーーーー! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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