沖縄旅行(その6)ひめゆりの塔
沖縄旅行4日目(11月4日)最終日の様子になります。 昔、母が言っていたのを思い出します。「沖縄に旅行に行くときには、戦争で多くの方が亡くなったんだから慰霊の気持ちをわすれないように・・・。」 この日の12:55の飛行機で沖縄を発つ予定です。その前に子供たちを連れて行かなければならない場所がありました。 宿を出てレンタカーで南に。糸満市に近づくとあちらこちらにサトウキビ畑が見れれるようになりました。 「沖縄」と聞くと真っ先に思い浮かべる景色がそこにありました。(「北海道」だと大草原や牧場でしょうね:笑) 駐車場に車を止めると、土産物屋が建ち並ぶ・・。多くの修学旅行生・・・。「観光地化」という言葉が浮かんでくる・・・。 「ひめゆりの塔にお参りされるのでしたらこちらに進んでください。」 駐車場の方の「お参り」という言葉にほっとする。 入り口で花を買い、進むとそれはありました。 「塔」といっても数十センチの慰霊碑、奥に立派な納骨堂、その間には沖縄陸軍病院第三外科壕跡が口を開けています。 沖縄戦末期、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の女子生徒及び職員240名が看護要員として従軍します。そのうち死亡者は生徒123名、職員13名。この第三外科壕にいた学徒隊96名中、終戦まで生き残ったのは生徒5名のみ・・・。その様子は小説や映画で後に知られることになります。(出典:Wikipedia) 手を合わせ、祈ることは「二度と過ちを繰り返さないよう、二度と戦争のない、平和な世界でありますように・・・。」 親の世代は戦火をくぐり抜けてきた・・・。 自分の世代は戦争を知らないが、親から間接的に戦争の悲惨さを教えられた。 次の世代に何を伝えていけばいいのか・・・。少なくともここに来たことで子供たちが何かを感じ取ってくれたら・・・。という思いでいっぱいでした。 土産物屋の前で、おじさんが教えてくれました。「この時期は修学旅行生が多いですね。今の時間と昼を挟んで午後も絶え間なく人が来ます。」「この後は、平和祈念公園に行くことが多いようです。少々人が多くても広いので大丈夫ですよ。」 まだ時間があったので、車で7分程度と聞いて、そちらにもよることにしました。 ここは、沖縄戦最大の激戦地であり、終焉地。多くの慰霊碑が建っています。沖縄で見る最後の海でしたが、リゾート地の海がきれいなマリンブルーだったのに反して、ここの海はやっぱり悲しい色をしていました・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ この後、どうしても子供が空港で(何で空港かは不明:笑)、「タコライス」を食べたいというので空港で食事をし、初めての我が家の沖縄旅行は終了です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<追記>・職場で「退職したら沖縄に住みたい!」という人がいて、以前であれば「なにいってんだか・・・。」と笑っていたのですが、今は何となくわかる気が・・・。戻ってからも車では(北海道だというのに)沖縄の曲ばかりかけて運転してるし・・・。 やっぱり、これは凛太郎さんが書かれていた「沖縄病」ですかね・・・(笑)