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カテゴリ:芸術
【東京美術倶楽部】という施設は東京の美術商組合の共同会館というのが正確らしい。 芝・増上寺前の御成門近くにある。 正面に日本赤十字本社ビル、ここは皇室の皆様が頻繁に来臨行啓されるところだ。 その隣りが松下電器産業・東京本社ビル。 ここは昔、「赤レンガの旗艦」といわれた帝国海軍の海軍省庁舎があったところ。 東京美術倶楽部も、戦前は「柳生新陰流剣法」で有名な柳生但馬守・柳生藩上屋敷の江戸時代の建物をそのまま使っていた経緯があったようだ。 何と惜しいことか。 柳生但馬の庭も池もつぶしてしまったというのだ。それでビルを建てた。 この【東美】の始まりは明治年間、美術・料理・工芸の巨人、北大路魯山人が主宰した星ヶ岡茶寮(現在のキャピトル東急)でおこなわれた東京の美術商たちの寄り合いだったという。 自然発生的なものだったか、あるいは魯山人が茶寮の経営のために骨董収集して美術商たちを寄り集めたものなのかは定かではない。 この魯山人の最も若い直弟子の料理人が『吉兆』の創業者だった。 このように【東美】は美術館というより、デパート美術館の規模の展示施設を併設した組合事務局ということができるだろう。 この【東美】展示室で、関西の正木美術館(http://masaki.exh.jp/)開館40周年の所蔵品展示があり、招待券をもらった曹操閣下が出かけていったというのが今日の本題。 さて文清筆【湖山図】は重要文化財に指定された名だたる名画である。 ここの展示に解説文がついていた。 「室町時代、一条兼良が御所の東側、室町一条通りに君臨し。。。」 そこで曹操閣下は猛然と学芸員に抗議したのだ。 「一条公は名目の太政大臣、時の権力者の足利将軍であっても君臨などという表現は使わないものだ。この君臨は何の意味なのか。御所の側の通り道に君臨するというのは、日本語がおかしいじゃないか。皇室に対して不敬の至りだ。天子さまに対し奉り、何と心得おろう」 ガツンといってやった。 テレビ関係の人間の知能が低いことは、NHKニュースの誤字でわかるのであるが。 近々の美術館関係者の知能というか常識というか、 凡人以下のものがある。 東京美術倶楽部はまともな教育を受けていない人間の集まりではないか。 実に見苦しい! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.10.18 09:47:35
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