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テーマ:戦略のあれこれ(498)
カテゴリ:芸術
このナチス親衛隊将校の写真は、フランス占領時代のリヨンで「虐殺者」と恐れられたクラウス・バルビー(Klaus Barbie)の現役時代の姿である。 アメリカの情報機関、特に陸軍敵対情報部隊(CIC Counter Intelligence Corps)がCIAの前身、OSS(The Office of Strategic Services)の指示でナチスの情報関係者の戦争犯罪を公然と見逃し、再雇用して冷戦時代に国際的な反共政策の手先として利用したのは、一般的知識としては理解していた。 アレン・ダレスはスイスのベルンで情報戦略の指揮をとっていたOSSの欧州代表であり、アイゼンハワー元帥の片腕だったCIA長官スミス中将に引っ張られてCIA海外部長になり、アイゼンハワー政権になるとCIA長官を継承した。 吉田茂と交渉した国務長官フォスター・ダレスは実兄である。 ソ連や西側諸国内の反共対策にナチスの戦犯を採用する。これは実にアメリカ的なやり方だ。 アメリカの民主党下院議員の経験もあるエリザベス・ホルツマン自身が、この事実について嘆いていた。 「イラン革命と対抗するために、イラクのサダム・フセイン大統領に武器支援をおこない、アフガニスタンのソ連軍と対抗するために、イスラム原理主義者たちにゲリラ訓練を援助した。いまでもアメリカはこの基本政策を変えていない」 その全容がこの映画だ。ナチスの元将校の全人生を追いかけると、まずはアメリカの情報機関の欧州国内の反共・反左翼政策の情報組織づくりの先鋒としての期間。 それからヴァチカンの聖職者の中にいたナチス支持派のグループによって、南米のボリビアに亡命。 同地の軍事独裁政権のクーデターに関与、秘密警察と国民監視の弾圧組織の結成をを支援、さらには軍閥と結託して武器密輸にかかわり、ボリビアに旧知のCIA幹部とグリーン・ベレーを招き寄せてチェ・ゲバラ逮捕・殺害にも積極的に関係した。 山岳地にいたゲバラが逮捕されたのは、連絡役だった愛人の女性が逮捕されたからだが、その拷問をナチス式にやったのがバルビー本人だったとわかった。(このことは映画には出てこない。) バルビーは友人知人に「ゲバラ逮捕の功績は自分にある」と公言していたとのこと。 この映画について多くの発見があった。 まずナチスの戦犯はほとんど南米に亡命していたが、それはヴァチカンの支援ルートだったという事実だ。 したがって、カトリックは共犯関係が暴露されることを恐れて、組織的に隠蔽工作をやっていた。 これについては、過去のことであるし、現在の聖職者の名誉にも関わることであるから、多くは述べないが、ナチス戦犯そのものの隠蔽に南米カトリック教会の欧州系聖職者たちが多大な罪を犯したことは事実で、それが「解放の神学」を説教する非主流的な現地系聖職者たちと対立したことは記憶にも明らかである。 ゆえに南米カトリックは軍事政権に対して寛容な姿勢をとりつづけ、解放の神学の存在はヴァチカンで未だに公認されていない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.12.14 16:46:36
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