第一回ボスニア199Xおつかれさまでした
11月22日、茨城県「特殊作戦群区」にてヒストリカルゲーム「ボスニア199X」が無事開催されました。本イベントは前世紀末1991〜1999(or 2001)までのおよそ10年間にわたって続いたバルカン半島の戦乱「ユーゴ内戦」、その中でもボスニアにおける三つ巴の内戦(1992〜1995)をテーマとした軍装サバイバルゲーム企画です。20年も前の紛争、それも軍装ジャンルとしてはかなりマイナーな部類のテーマであるにも関わらず当日は何十人もの参加者が集結。中には関西など遠方からお越しの方もありました。各プレイヤーはセルビア人勢力(=VRS-スルプスカ共和国軍)ムスリム側(ARBiH-ボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国軍)クロアチア人勢力(HVO-クロアチア防衛評議会)そしてUNPROFOR-国連防護軍の4勢力に別れ、フィールドに散りばめられたフラッグポイントを制圧して自勢力の旗を掲げ物資や資金に模した弾薬 ・資金を集めることでポイントを稼ぎ、最終的に最も多くのポイントを勝ち取った者が勝利を手にするという変則ルールを採用しました。UNPROFORは自らポイントを獲得することはできませんが、民間人やUNPROFORに対する攻撃、停戦協定違反などの戦争犯罪を監視することで任意の勢力のポイントを減点させることができます。当日は主にフィールド中央の廃工場をめぐって激しい戦闘が繰り広げられ、各勢力の合従連衡、裏切りとUNPROFORによる介入をともなう大乱戦となりました。私自身もセルビア人勢力の一員として敵と銃弾を交わしUNPROFORの兵士達をからかったりして心の底からゲームを楽しめました。また、集合写真撮影時に軽くセルビア語の号令を用いた整列などの分隊行動で遊べたのは実に思い出深いことでした。ヒラの民兵のつもりで階級章もつけずヒゲぼうぼうという格好でしたから、自分より立派な格好をした皆様の前に分隊長面して立つのは少し恥ずかしくもありましたが。「民間人」ユニットも参加していましたが、逃げまわるのに飽きたのか元々回し者なのか、クロアチア人勢力の一員として破壊工作や諜報に暗躍していました。また中盤からは撃墜されたセルビア人勢力のパイロットを巡る争奪戦が繰り広げられ、さながら「逆エネミー・ライン」の様相もみられました。最後まで逃げ切った映画の主人公とは違い、あっちこっちの勢力にホイホイ捕まって散々な目に遭わされていたようです。主催発表によると結果はポイント合計:ボスニア113、セルビア388、クロアチア180→UNPROFORによる減点後、ボスニア-3、セルビア20、クロアチア160で、クロアチア人勢力の完全勝利に終わりました。セルビア人勢力の一員としてはヒジョーに悔しい!再戦に向け刃を研ぐ手に力の入る結果となりました。次回は2016年、暖かい季節での開催を予定しているとか。今から楽しみでなりません。ぜひ私の方でも「自主練」に励みたいと思います。改めて、ボスニア199Xおつかれさまでした。主催のカタヤマッチ様をはじめ参加者の皆様、そして約一年に及ぶ準備期間中お手伝い頂いた国内外の協力者様全てに御礼申し上げます。今回参加できなかった皆様も、ぜひ次回のボスニア199Xでお会いしましょう!http://yugowar199x.militaryblog.jp/https://twitter.com/bosnia199xhttp://etomizukusa.blogspot.jp/2015/11/199x1122.html?spref=twhttp://nit0asc.militaryblog.jp/e713888.htmlhttp://chechnya1994.militaryblog.jp/e715498.html