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カテゴリ:人生・よのなか
アルゼンチンを発つ前にRからEメールが着ていた。空港まで迎えに行くからと。
Rはボクの所属するトライアスロンチームのコーチのハズバンドでフリーのコンサルタントだ。妻のトライアスロンチームのスポンサーとして資金提供している上、オレが正社員の仕事を見つけるまでいろいろ仕事をくれている有難い人でもある。 彼は平日朝7時前の寒い中、オレが馬鹿でかい荷物を持って空港から出てくるのを到着出口にクルマを停めて待っていてくれた。好き勝手に数週間単位の休みを取っては南米に登山に行ったり日本に被災地ボランティアに行ったりするオレにここまでしてくれる義理はまったくないのに。つーか、被災地ボランティアに行った時は寄付金として500ドルもくれたっけ。ハンサムで性格も良ければ稼ぎもいい、自分に独身の妹がいたらぜひ紹介してやりたいような非の打ち所のないような男である。 オレの登頂失敗の話を聞いて、登頂に惜しいところで失敗したのは残念だったが、そういう状況でガイドの言うことを聞き受け入れてチームメイトと下山したのはキミの高潔で賢明なところだ、人間はそういった失望を通して成長するものだ、などと言ってくれる。まったく泣けてくるではないか。 そんな彼がハイウェイの帰路途中、サービスエリアにちょっと停まりたいんだけどいいか?...などと訊いてくる。もちろんだとも。 彼がトイレに入っている間に買った2人分のドーナツとコーヒーを手に、テーブル席に就いて2人で一服することにする。 席に就くなり、彼が真面目な顔でやにわに切り出す。「実は、妻(=オレのコーチ)と私の間で話し合って決めたことがある。」 ...うわ、何が来るんだろう。あんまり不定期に休みばかり取っているからもう仕事は与えられないとか、そんなことだろうか。まあそうだとしても無理もないが。 しかし、彼の口から出たことはまったく予想外の話だった。 「私と妻は別れることに決めた。」 子供の頃に自分の両親から離婚の決意を聞かされるのにかなり近い衝撃度であった。そんなバカな。あんな理想像みたいな家庭を営んでいたのに、どうして?? 「キミの目から見たら理想の夫婦、理想の家庭に見えたかも知れないが、表に見えないさまざまな内面の悪魔を抱えていたりするものだ」 どうも、ほんの10日前に妻であるコーチの方から突然切り出されたらしい。別れたいと。 10日前というと、アイアンマンに出場するコーチに同伴して渡航したメキシコから一緒に帰って来たタイミングではないか?妻の道楽に仕事を休んでサポーターとして同行して帰って来たそのタイミングで別れを切り出されるなんて、寝耳に水もいいところである。 どうやらコーチにはオトコが出来たらしい。同じくアイアンマンに向けたトレーニングを趣味とするトライアスリートらしい。家庭を棄てるくらいそちらのオトコと本気になってしまったということらしい。言われてみれば、今シーズン、コーチは「自主トレ」にばかり励んでチームのトレーニングにはあまり顔を出さなかった。そういうことだったのか。 Rにしてもまったく予想外の話だったようだ。早起きして誰とトレーニングに外出しようが、これまで妻をすっかり信用していたのだ。 Rは言う。この話を聞いて、妻のことを悪く思わないで欲しい。彼女はこれまでと同じ素晴らしい人間であることに変わりはない。ただ、人生において、人間は冷静になって理性的な決断をすることもあれば、感情的な決断を選択する場合もある。彼女はこの場合後者の判断をしたということだ。...そりゃそうだろう、まだ育ち盛りの3人の子供がいて、自分にとっては倦怠期だったのかも知れないけど、浮気もせず子供の面倒見も妻のサポートも稼ぎもいいハズバンドがいながら、あえてオトコに走るというのだから。「理性的な決断」を下すのであれば、これはミドルエイジ・クライシスの一時的な気の迷いなのだと自分に言い聞かせ、熱が冷めるまでやり過ごしたに違いない。 とうぜん子供の養育権はキミのものになるんだろう?...と訊くと、いや、2人で50:50に公平に分けるという。2人は現在の通学圏内に新居を見つけて別居し、1週間は妻の下で、次の1週間は自分の下で...というように3人の子供たちを1週間ごとに「行ったり来たり」させるらしい。気持ちは分かるが、それはそれで2人にも子供たちにも物理的・心理的両面で大きな負担になることは間違いない。 Rはもうトライアスロンチームへの練習会には顔を出さないという。無理もない。元妻だけでなく、どっかで元妻の愛人と顔を合わせる可能性だってあるのだから。そういうオレも、こんな事情を聞かされてコーチと顔を合わせるのはかなり気まずいぞ。つーか、コーチも当面は練習会に顔を出すこともないに違いない。コーチが顔を出さなくなれば、チームの活動も自然に衰退していくことになるのだろう。 オレはまあ近いうち結婚する予定でいるのだが、実のところ自分にとっての将来の家庭の見本はRとコーチの一家であった。働き者のプロフェッショナルな両親、お互いの趣味と仕事を支え合う夫婦、子供たちに対し献身的な父親、素直で純心でスポーツもでき学業も優秀な子供たち、親子・兄妹姉妹の間で愛情に満ち溢れた家族...そんなオレの「理想の家族」のイメージが、オレがアコンカグアに行っている間に起きたコーチからRへの別れ話とやらであっと言う間に崩れ去った。オレのアコンカグア登攀失敗なんて、ホントにちっぽけなことだと思った。つーか、なんだかアコンカグアもアイアンマンも理想の家庭像も一気に崩れたような気がして(笑)、すごい気が抜けた感じがしたのであった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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