マイノリティー鉄人
先週末レイクプラシッドにオレと一緒にトレーニングに行ったアイアンマン友達のRは某金融機関のVice President (注:北米でVice President というと、副社長というよりは日本企業であれば事業部長くらいの地位である)で、裕福な熟年のオッサンである。50万円以上する自転車に乗り、ウェットスーツといいトライスーツといい最上のものを身に着けている。Rに言わせると、彼がこのスポーツを気に入っているのは、トライアスロンなどをやっているのがたいてい教養があって社会的地位の高い連中だからだという。たしかに、アイアンマン参加者の名簿を見ると、その職業欄にはエンジニアとか弁護士とか医者とかいったプロフェッショナルな肩書が並んでいる。Rが参加した一昨年のルイビル・アイアンマンでは参加者の年収の調査があったそうだが、その一世帯の平均年収は160,000ドル(約1600万円)だったそうだ。一世帯の収入であるから、夫婦共働きの場合は2人分の年収の合計額になるが、半分にしたって年収800万円である。一方、プロのトライアスリートが、その頂点となるアイアンマン世界選手権で優勝してもその賞金は1000万円少々である。ましてやほかのローカルなアイアンマンレースで上位入賞しても数十万から数百万程度の収入にしかならない。アイアンマンとなるとマラソンとちがって体力的に年に2~3回出場するのが精一杯なので、出場したレースのすべてで上位入賞しても1000万円程度の収入にしかならないということだ。おまけにマラソンや自転車のようなメジャーなスポーツとちがって知名度が低いので、スポンサー収入も微々たものであろう。こうして考えてみると、トライアスロンというのは、プロよりシロウトのほうが稼ぎがいい珍しいスポーツかも知れない。野球だのサッカーだのバスケといったプロ・スポーツの世界をみると、みんな貧乏から抜け出すために子供の頃からプロを目指して努力したとか、プロになった後もオンナにチヤホヤされるために努力を続けたとかまあ、そんな動機を耳にするわけだが、トライアスリートのプロの話を聞くと、もともと大学の医学部にいながら趣味でトライアスロンのレースに出ていたのが、意外な自分の実力に気づき、医学部の実習プログラムを休学してプロになりましたとか、国際関係学の修士課程を卒業して国連職員になりネパールで水道建設のプロジェクトに従事していたのが、帰国時に友人に勧められてトライアスロンレースに出たらいきなり入賞し、プロのチームに誘われましたとか、そんな話が多い。みんなもともと学歴も地位も収入もそこそこにある連中が、趣味や体力維持のために水泳なり自転車をやっていて、トライアスロンを始めてみたらその実力に気づき、プロとしてやってみようかな、と決意した…という「たまたま」な動機である。そこには、カネや名声やオトコ・オンナに対する野心はない(笑)。たとえば、ツール・ド・フランスで7年連続で優勝したアームストロングが実はもともとトライアスロン選手だったことを知る人は少ない。トライアスロンで成功するだけの実力の持ち主なら、自転車やマラソンみたいなもっとメジャーなスポーツに転向すれば、アームストロングみたいにカネも名声もオンナも手にできたかも知れないのである。それでも彼らがあえてトライアスロンにこだわるのは、経済的にも地位的にも異性的にもすでに現状で満足しているし、あとは「世界一過酷なスポーツで入賞できる」という自己満足でやっているのだろうか。まあ、それはプロに限らず、市民トライアスリートを見てもそんな感じだ。だからきっと、トライアスロンの世界は永遠に「ハングリー精神」とは縁がなく、ナイキだのアシックスだのいったスポンサーによる「ビッグ・マネー」を呼び寄せることも、オンナにキャーキャー騒がれることも金輪際ないのだろう(笑)。オレはというとアイアンマン参加者の一世帯の平均収入の○分の1の年収で、地位も名声もなく、リッチなエグゼクティブの群れに混じって、60歳台の上位者と競いながら上位50%以内でのゴールを目指して細々とトレーニングを続けているわけだが、そんなヒマと体力があったらまずは人並みのカネと地位を得るためにもっと仕事に力を入れろってか(笑)。