みみず
朝、外を歩いていて、樹木の小枝のようなものがアスファルト上のあちこちに落ちているのに気づく。しかし、よく見ると小枝は赤くて、枝分かれしていない。さらによく見ると、中には微かにモゾモゾ動いているのもある。あ、これはミミズではないか。日本で見たミミズは子供の小指くらいの太さがあった記憶があるが、カナダのこの辺のミミズはずっと細く、太めのラーメンの麺くらいだ。日本でいえばイトミミズに近い太さだが、長さは日本の通常のミミズ並みだ。それにしてもすごい量だ。さっきから空気がなんとなく生臭い感じがしたのは、てっきり昨晩の雨と昨今の温暖な気候のせいで地面が活性化したからだと勝手に解釈していたが、もしかすると単にこれら大量のミミズが発しているニオイなのだろうか。中学の理科の時間に、教師が「世界中にいる生物で、それらをすべて集めたときいちばん体積の多くなる生き物は何か?」という質問を生徒に投げ掛け、生徒たちは「象!」とか「クジラ!」とか「人間!」とか「ゴキブリ」「ネズミ」とか思い思いに答えるのだがいずれも不正解で、正答はミミズであった。地表にへばりついて生存している象だの人間に比べ、ミミズは湿り気のある陸上のあらゆる地中に、深さ何メートルもにわたって存在するわけだろうから、体積が一番大きいというのも納得である。それにしてもどうして地中からアスファルトに大量に這い上がってきたのか?暖かくなって冬眠から覚めたのは分かるが、土の上にとどまらずにわざわざアスファルト上に這い出してきた理由が分からない。アスファルト上にめぼしいエサがあるわけでもなく、干からびたり歩行者や自動車に踏みつけられたり鳥についばまれたりして死ぬほかないと思うのだが。なにせミミズというのは温感と漠然とした光の感覚があるだけで、視覚・聴覚・味覚なんかはもちろん、圧覚や痛覚さえないらしいじゃん。温感とごく鈍い光の感覚だけをたよりに、乾いたところや日光の当たるところを避け、干からびて死ぬのを免れて生きながらえているらしい。雨が降ってアスファルトが湿っているため地表との区別があまりつかなかったのかも知れないが、少なくとも明るさを感じた時点で生命の危険を感じてしかるべきなはずなのだが。もしかすると、地中より移動がラクなので夜の間に地表に這い出てきたものの、雨のせいで地表と区別がつかないアスファルト上に這い出してしまい、夜が明けてから「ヤバイ!地中に戻らなければ!」と思ったものの後のまつり、アスファルトは土と違っていくら鼻先をくねらして掘ってもビクともしないし、そのまま眩しい日光にやられてもがき苦しんだ上にアスファルト上で息絶えたのかも知れない。そりゃそうだ、アスファルトだのコンクリートなんてここ100年やそこらの発明だし、何億年も前に現在の形態を見につけたミミズという種の遺伝子の中には「地表がアスファルトで覆われている場合の対処方法」なんて刻み込まれているはずもない。道路でひき殺されるタヌキやキツネと一緒だ。本能に従って地表や路上に飛び出したのが運の尽き、「そんな馬鹿な!」と思って死んでいくのだ。あるいはミミズの中には漠然と前世の記憶があるヤツもいて、「こんな下等生物として地中を這い回るような一生はガマンならない」と、死ぬつもりでアスファルト上に這い出してくるヤツもいるのだろうか。あるいは、春が来て腹を空かしている野鳥や小動物たちの「ミミズが食いたい、ミミズが食いたい」という強い念が地中の一部のミミズたちをおびき出し、アスファルト上に這い出させた可能性もあるかも。まあ、ミミズは地中を動き回って土を耕し植物の生長を促すとか、さらにはもっと大規模な地中耕し活動をしているモグラや、植物の実の種を糞の形で撒き散らしてくれる鳥類のような上位動物のエサとなるなどして、植物界に大いに貢献しているすばらしい生き物である。地球が温暖化しようが人類が滅亡しようが、たかだかアスファルトなんぞに懲りることなく、力強く種族を継続していって欲しいものだ。