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カテゴリ:文化
高山植物の生存戦略 工藤 岳(北海道大学大学院准教授)
強風に耐える低い背丈 高山植物と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか――。厳しい自然の山の上でひっそりと咲く、可憐で凛とした花々。短い夏季に突如として現れる天井の〝お花畑〟。そんな非日常的な景色にあこがれて、多くの人が山を訪れるのかもしれない。 山の植生は標高によって変化する。標高が上がると気温が下がり、落葉広葉樹から針葉樹林へと変化し、ある標高に達すると森林限界となり森は無くなる。そこから上は高山帯となり、そこに生える植物を高山植物と呼ぶ。 高山植物たちはどうして、過酷な山の上で生きているのだろうか。どうやって過酷な自然環境を克服しているのだろうか。なぜ鮮やかな色の花を咲かせるのか。そんな素朴な疑問に答えるため、近著『日本の高山植物 どうやって生きているの?』(光文社新書)を出した。興味のある方は読んでもらいたい。 標高が上がるにつれ、気温は下がる。例えば、3000㍍の高嶺では、平地に比べて約16度も低くなる。北海道の大雪山では、秋から翌春まで半年以上も、氷点下の状態が続き、持続的に気温がプラスになるのは、5月末から9月末までの4カ月ほどしかない。つまり、この期間しか植物は成長できないのだ。 日本の山岳地域は、世界でも有数の強風地域であり、豪雪地域でもある。このため、植物は高く伸びることができず、地表付近を広がるように伸びていくことになる。光を遮って競合する植物が少ないため、低い位置に葉っぱを広げても十分光合成ができ、背丈は低い方が有利なのだ。 気温が低く、生育期間が短い高山帯では、植物は非常にゆっくりと成長していく。登山者になじみが深いチングルマ。一見すると草のようだが、バラ科の低木植物。幹にはちゃんと年輪が刻まれている。其れを観察すると、1年間で0.1㍉程度しか太らない。つまり、5㍉ほどの太さになるのに50年もかかることになる。 屋久島に生える縄文杉は2000歳以上といわれているが、高山帯には巨木はなくても、数百年を超える超寿命の植物で溢れている。例えば、大雪山には、直径1㍍以上になるマット状のイワウメがあちこちにある。毎年1~2㍉ほどしか成長しないことから推定すると、このサイズになるには400~500年は経っていることになる。
競争相手の少ない場所で ゆっくりと強く生き抜く
ハチが育んだ〝お花畑〟 天井のお花畑と称されるように、美しい花を咲かせるように、美しい花を咲かせる高山植物は多い。植物が花をつける理由は、子孫を残す生殖活動のためだ。雌しべに雄しべの花粉がつくことで、受粉し種子ができる。しかし、植物は自分では動くことはできない。そこで、離れた相手に花粉を送り届けるために、第三者の助けを利用しなければならない。 美しい花を咲かせるのは、この第三者を呼び寄せるためなのだ。主な花粉の運び手は昆虫と鳥。目立つ花弁で虫や鳥を引き寄せ、花粉を運ばせて、交配の成功率を高めようとする作戦だ。例えば、ハエやハナアブを利用する植物は白や黄色のカップ状に開いた花、鳥を利用する場合は真紅で無臭の花といった具合に。 高山の夏は非常に短い。平地とは異なり、さまざまな植物が一斉に開花する。そこで、より個性的な形、鮮やかな色、芳しい香りでアピールすることで、自分と同じ種の花に特定の昆虫が集まるように工夫している。 せっかく花粉を受け取っても、別種の花粉では荒廃はできない。昆虫に同じ種の花を訪れてもらうために、それぞれの種は特徴的な花を咲かせる必要がある。 日本の高山ではマルハナバチが重要な役割を担っている。ミツバチやマルハナバチなど巣をつくる社会性の八は、三つや花粉集めのために多様な花を訪れる。でも、その時々で見ると、特定の腫の花を運んで訪れる傾向がある。効率よく蜜や花粉を集めるにはテクニックが必要で、無作為にいろいろな花を訪れるより、同じ花を選んで集中的に訪れた方が効率がいいからだ。 カラフルで多様な形の花が咲く日本のお花畑。季節が移ろうにつれ、咲いている花が次々と変化していく。そんな景色も、優れた色覚能力をもつマルハナバチが育んできた結果といえるだろう。 一見すると可憐に見える高山植物だが、他の植物が生存できないような厳しい環境で、強く生き延びてきた。そこには、厳しい環境に耐えるための仕組み、子孫を残すための工夫があるからだ。 =談
くどう・がく 1962年、東京都生まれ。北海道大学大学院地球環境科学研究院准教授。大学院生の頃から30年以上、高山植物についての研究を続ける。著書に『日本の高山植物』、『大雪山のお花畑が語ること』(京都大学大学院学術出版会)などがある。
【文化Culture】聖教新聞2022.10.20 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
February 21, 2024 07:51:43 PM
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