生き物って面白い
生き物って面白い稲垣 栄洋(静岡大学教授)植物と動物の違いはどこにあるのでしょうか——。多くの人は、植物と動物なんで一目見ればわかるよ、と思うかもしれません。でも、その明確な違いをどのように説明しますか。動くか動かないでしょうか、それとも、光合成をするかしないか。この説明もただいいのですが、実は境目を突き詰めていくと非常にあいまいな部分も多いのです。多くの人は植物は動かないと考えているかもしれません。しかし、オジギソウは、はっぱを触ると、葉っぱが動いて閉じます。また、アサガオなどのつる植物は、ぐるぐると旋回しながら巻き付くものを探し出します。一方の動物にしても、イソギンチャクやサンゴは、動くといっても触手を出すぐらい。環境が悪いとイソギンチャクは移動しますが、サンゴの場合は動いて移動することはありません。 植物と動物の違いは? サクラの本数は何本?身近な疑問から不思議さ感じる それでは、光合成をするしないというのはどうでしょうか。確かに、葉緑体をもっていて光合成をするのは、植物の大きな特徴です。中学校の理科でも、葉緑体があるのが植物細胞だと習ったはずです。また、理科の授業では、植物細胞んは細胞壁があるとも習ったかもしれません。植物は光合成をしやすいように進化してきました。植物には葉緑体があり、光合成によって栄養を採るために動く必要がありません。また、光合成をするためには、大きな体がいいため、それを支えられるように細胞の周りを細胞壁という堅い壁で覆ったのです。しかし、葉緑体をもっているのは植物だけではありません。ウミウシの仲間には、葉緑体をもって光合成を行っているものがいます。このウミウシ、生まれた時には葉緑体を持っていないのですが、エサとなる藻類に含まれていた葉緑体を、消化することなく細胞に取り込んで、葉緑体に光合成をさせて栄養を得ています。実は、動物と植物の違いというのは、明確な線引きはできません。それは、富士山の裾野はどこまで広がっているのかを考えるようなもの。地面はつながっており、明確な境目はないのです。 春に皆さんが花見をするソメイヨシノは何本あるでしょうか。そんなもの、実際に数えてみればわかるよ、と思うかもしれません。でも、ソメイヨシノは接ぎ木で増やされるクローンで、どの肝遺伝子は全く同じ。だから同じ時期に、同じような花が一斉に咲きます。動物の場合は、オスとメスが生殖して子孫を残します。しかし、植物の場合は花粉を受粉して種子をつくる種子繁殖だけではありません。ソメイヨシノのように接ぎ木で増やすことも可能ですし、ヨモギのように地下茎を伸ばしていく植物もあります。地下でつながっていれば1個体ですが、地下茎が切れれば2個体です。また、ヒガンバナは3倍体で種子を作ることはできません。そのため、肥大した球根のリン片が分かれて増える栄養繁殖を行います。このように遺伝子情報が同じクローンは、1本なのでしょうか、2本なのでしょうか。樹木にしても、老木が倒れたときに、根本から芽生えてくるのは、同じ遺伝子をもった個体です。単細胞生物は、ただ分裂を繰り返していくらでも増えていきます。このような無性生殖の場合は、遺伝子情報は全く変わりませんが、子孫を残し増やすことができます。そもそも、生きているというのはどういうことでしょうか。命ってなんなのでしょうか。現象的にみると、生き物がやっていることは、単なる化学反応でしかありません。でも、生きているかどうかには、明確な違いがあるはずです。ただ、その違いを説明するのは難しい。生物学では、生物を①外界と膜で仕切られている②自分の複製をつくって増殖をする③代謝をしてエネルギーを生産する、と定義しています。でも、実際には例外も多く、その境目は実にあいまいです。生物学は覚えることも多く、暗記科目だと思っている人が多いかもしれません。しかし、実は非常に身近な学問で、生き物や命の不思議さを感じられるものです。そんな生き物の不思議さを感じてもらいたいと思い、近著『植物に死はあるのか』(SB新書)を出しました。少しでも生物学に興味を持ってもらえたらと思っています。=談 いながき・ひでひろ 1968年、静岡県生まれ。静岡大学大学院教授。植物学者。農水省、県の研究所勤務などを経て現職。著書に『植物はなぜ動かないのか』『雑草はなぜそこに生えているのか』『はずれ者が進化をつくる』など多数。 【文化・社会】聖教新聞2023.10.12