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March 14, 2024
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カテゴリ:書評

アラブの衝撃的な悲劇を小説化

作家  村上 政彦

ベン=ジェッルーン「火によって」

本を手にして想像の旅に出よう。用意するのは一枚の世界地図。そして今日は、タハール・ベン=ジェッルーンの『火によって』です。

作者は、モロッコ出身のフランス語作家です。代表作『聖なる夜』は、フランスで最も名のあるゴンクール賞を受けました。実力のある小説家です。

本作『火によって』の主人公は、30歳になったばかりの若者ムハンマド。急に父を失って、病気がちの母、弟3人、妹2人の、大所帯を支えなければならくなった。歴史学の学位を持ち、ひところは教師も務めていたものの、今は張職探しに忙しい。

ろくな仕事もないことにいら立ち、ムハンマドは大学の卒業証書など、重要な文書を流し台で燃やした。

「火はまさに自分の名前と生年月日を取り囲んでいた」

亡くなった父は、荷車を引いて行商をしていた。ムハンマドは、その後を継ごうと考える。しかし古びた荷車を修繕し、商品の果物を仕入れる資金をどうするか。父が病に倒れた時、宝飾品などを全て売り払っていた。

ムハンマドは、大学の記事引きで引き当てた航空券を巡礼者に安く売って、ようやくオレンジとリンゴの行商を始めることができた。行商は難しい。人通りの多い、いい場所には既にほかの行商人がいる。町をさまよい、ようやく半分以上の商品を売った。

彼にはゼイネブという恋人がいる。互いに愛し合っているが、ムハンマドが貧しいので結婚できない。彼女は親の実家で一緒に暮らそうというが、男のプライドが許さない。

行商中には、わいろを渡さないため、警官に邪魔される。そして後日、出頭の要請を受ける。大学生の頃、政治運動に関わっていた彼が警察に出向くと、持ちかけられたのは、警察の密告者になるか、行商をやめるかの二択。彼は警察の協力者にはならない。

「この句には不正義が溢れかえり、不平等と恥辱に満ちていた」

行商を初めて1カ月。市場に出向いた時、警官に荷物を没収された。市長に面会を求めて叶わず、警察署長からは追い返された。

ある日、早朝に起きて清潔な衣服を身につけ、ガソリンスタンドでペットボトルに軽油を満たした。彼は、また市長に面会を求めたが叶わず、衝撃的な悲劇が起きる――。

この小説は、チュニジア中部シディプジトで起きた事件を思わせる。だが、作者が与える情報は、アラブ世界の独裁者が支配する国で、貧しい暮らしを送る無職の若者の物語というだけだ。

作者は、チュニジアの事件を小説として虚構化することで、ムハンマドを普遍的な存在とした。作中、大規模なデモが起き、「我々みながムハンマドだ」という叫びが轟く時、小説のたくらみは成就する。

【参考文献】

『火によって』岡真理訳 以文社

 

 

【ぶら~り文学の旅⑭】聖教新聞2022.11.23






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Last updated  March 14, 2024 04:59:14 AM
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