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カテゴリ:書評
平岩弓枝を読む 文芸評論家 縄田 一男 作品の根底は人のぬくもり 家族や小集団の絆や友情描く 平岩弓枝さんが今年の六月、間質性肺炎のため亡くなった。享年九十一。 全盛期には、「オール讀賣」に最大の人気シリーズ『御宿かわせみ』を、「小説現代」にはもう一つの捕物帳『はやぶさ新八御用帳』を、さらに「野生時代」に『千姫様』を掲載。戦国の女の定めを描きつつも、奔放な伝記ロマンとして秀逸だった。また、「小説新潮」には『花影の花 大石倉之助の妻』を連載、いわゆる三大中間小説誌を制覇。この中で『花影の花 大石倉之助の妻』は第二十五回吉川英治文学賞を受賞(平成三年)受賞した。 この長編は大石倉之助の未亡人りくと残された息子大三郎にスポットを当てた、その後の「忠臣蔵」と言うべきもので、「忠臣蔵」の主人公である内蔵助を花と例えるならば彼女はその花影の花——。〝内蔵助の遺児〟という重荷に耐え切れぬ出来の悪い息子とともに懸命に生きたりくの後半生を描いた力作だった。 平岩弓枝は、受賞の言葉の中で「小説で賞をいただきますのは三十年ぶりのことでございます」と言っているが、三十年前の受賞とは、直木賞を得た『鏨師』のことを指す。 そして「近年、とみに気力、体力の衰えを感じ、ぼつぼつ冬眠かなと思っていたところを、突然、照明を当てられた感じで、いささか狼狽しております」と記している。 また一方で、『御宿かわせみ』の名コンビ神林東吾とるい、平成二年に刊行された『恋文心中』収録の『祝言』でようやく結婚、長い間の忍ぶ恋にピリオドを打った。 第一話「春の客」の発表が、昭和四十八年だから、登場以来十七年を経ようとしてようやく結ばれたことになる。親代わりの八丁堀同心の家に生まれた東吾と、元は同心の娘だったが、父親が死んだ後、宿屋を始めるというロマンに四季折々の江戸情緒と犯罪を中心とした人間関係を絡めてグランド・ホテル形式で描いていく——これがこのシリーズのウマ味である。 東吾とるいを結ばせるのが長引いてしまったか「祝言」を書いた時には、何人もの同k者から祝電があったという。 さらにもう一つ、このシリーズで嬉しいことは、東吾とるいを取り巻く周囲の人に、すなわち定町廻り同心の畝源三郎やかわせみの老番頭の嘉助や女中頭のお吉、そして深川蕎麦屋の主人で岡っ引きの長介らが醸し出す人の輪のぬくもりである。 これは作者の現代小説の下町もの『女と味噌汁』等にも共通することだが、こうした家族もしくはそれに匹敵する小さな集団の中でのきずなや友情を描くのは筆者の最も得意とするところである。代々木八幡の宮司の娘に生まれ、地縁血縁で結ばれた人間関係の有り難さを肌で感じ、幼い頃から様々に芸事を習い、さらに小説家を志してからは戸川孝雄の門下となった平岩さんは、常に家族を自分の成長を見守っていた人の輪が存在していたはずである。 これが平岩文学の根底を流れるぬくもりの本質である。 (なわた・かずお)
【ブック・サロン】公明新聞2023.10.23 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
November 15, 2024 05:23:11 AM
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