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カテゴリ:文化
原発事故の被害と専門家 ――科学がもたらす陥穽 濱岡 豊
見過ごされる個々の苦しみ 実態の不可視化を危ぐする
誤った主張から不信が 2011年3月に起きた福島原発事故に対する専門家の発言には誤ったものもあり、特に被害の実態を見誤らせ、科学者や科学全般に対する不審をもたらしたと考えています。 放射線の専門家といわれる人たちが語ってきた一つに、被ばく線量100㍉シーベルト以下では健康影響は見られないという主張がありました。これは広島・長崎の原爆被ばく者への疫学調査を根拠としています。 その論文を読むと、被ばく量が低い人から順に分析に含めていくと、100㍉シーベルトを超えるあたりから統計的に影響を検出できるというものでした。人数が少なければ影響を検出しにくくなることは直接的にも分かるでしょう。すべてのデータを用いて、低線量でも被ばく量に比例して健康への影響が増加するモデル、100㍉シーベルトまでは影響はないが、それを超えると影響が生じるモデルを比較すべきです。 私も専門のマーケティングで似たような分析を行いますが、このように比較した結果を明示しない、放射線疫学の専門家の主張には疑問があります。 また、「計画的批難区域」の設定には年間20㍉シーベルトという数値が使われましたが、これはICRP(国際放射線防護委員会)が原発事故の緊急時に設定した参考レベル20~100㍉シーベルトの下限値です。ICRPは長期的な被ばく状況では1~20㍉シーベルトに引き下げ、長期的には1ミリシーベルトを目指すことを勧告しています。 ところが、福島では避難指示解除の要件は20㍉シーベルトのままです。避難指示区域の設定にはICRPの勧告を用い、長期的な被ばく状況では勧告に反する基準を用いています。専門家といわれる人たちは、この事実を指摘し、国や行政に改善を促すべきです。こうしたことが積み重なり、専門家への不信も高まっていったのではないでしょうか。
住民、避難者の声を聞くことこそ
やむを得ない不条理も 科学的調査に基づく報告、提言の中には、被災者の苦しみや被害を十分捉えきれない構造的要因が内在することにも注意が必要です。 リスクを語る際、平均値や確率で議論するのが一つの科学的アプローチです。福島全体で平均化すれば、被ばく線量はそれほど高くなく、健康への影響が生じる確率も低いかもしれませんが、中には非常に高い線量を被ばくした方や、健康影響を可能性がある方がいます。平均や確率というマクロな議論では、個人のクリ染みが無視されるのです。 さらに事故対応について記述する勧告には、被ばく線量の限度もしくは参考値が示され、事故前にはなかった放射線を、〝やむを得ないもの〟として受忍させる不条理が存在します。福島自己の経験に基づいたとして、ICRPが改訂した勧告はそうした色合いの強い内容になっています。 原発事故の被害者である住民、避難者の声が記録され、直面した課題を解決できるような新勧告が示されるべきでしたが、放射線防護対策の重要な、ステークホルダー(利害関係者)の関与を無視して改訂されました。被害の実態、本質を明らかにするためには、まず被害者である住民、避難者の声を聞くべきです。
データの公開、提供は必須 報告書の表記や表現によって、情報が誤って伝わることも起きました。UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)が刊行した「2020年/2021年報告書」の日本語ニュースリリースは、「放射線関連のがん発生率上昇は見られないと予測される」とされていました。しかし、報告書では、「被ばく時5歳以下の女児集団には、生涯で16~50件程度の甲状腺がんが生じうるが、ノイズに紛れて識別できない」とされています。「みられない」は発生しないことを意味するものではありません。 福島県では2011年10月から事故時に県内に在住していた18歳以下の約38万人を対象に甲状腺検査が実施されていますが、これも問題があります。同検査の研究計画書には、調査によって被ばくによる甲状腺への影響は極めて少ないことが明らかにできると、予断をもって記述されています。 一方、分析手法は具体的に示されていません。このため、本格調査とされる②ジョン目の検査では、被ばく量が高い地域ほど、甲状腺がんの発見率が高いという結果が得られたのですが、これが捨て去られ、分析方法が変更されました。新しい分野では、被ばくの量が多い集団ほど甲状腺がんが少ないという、先行研究に反する結果が得られたのですが、検討委員会では、そのまま受容されました。 県民県境調査の委員には原発事故の被害を巡る裁判で東京電力や国側に立った専門家もいます。委員会は中立な専門家によって構成されるべきでしょう。 また、福島県「県民健康調査」のデータ提供は実施されていません。外部研究者が分析できるようなデータ公開は必須です。そうでなければ、被害の実態を明らかにできないばかりか、被害の不可視化にもつながりかねません。
はまおか・ゆたか 1963年、広島県生まれ。博士(学術)。専門はマーケティング・リサーチ。著書に『消費者間の相互作用についての基礎研究』(共著)などがある。今年8月、原子力市民委員会がまとめた『原発ゼロ社会への道』では第1章「原発事故被害と人間の復興」(健康影響)等を担当、執筆した。
【社会・文化】聖教新聞2022.12.20 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
March 31, 2024 04:05:56 PM
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