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カテゴリ:文化
日本の〝鬼〟を紐解く 文芸評論家 東 雅夫 恐ろしさに美しさを備えた不思議な存在 一昨年から昨年にかけて二冊の「鬼」に関わるアンソロジーを編集・解説した。 一冊目の『鬼 文豪怪談ライバルズ!』(ちくま文庫)は、上田秋成の「青頭巾」や安達ケ原の鬼婆など、人を喰らう鬼たちの血腥さ漂う物語集である。 そして二冊目の『日本鬼文学名作選』(創元推理文庫)は、「美しき鬼族の王」酒呑童子を巡る艶冶怪美な物語に始まり、巻末には加門七海の現代語訳による『平家物語』の異本「剣巻」(源氏の一族に伝わる歴代の名刀と妖怪変化との奇縁を描いた怪異譚集である)を収録している。 大酒のみで、美女の生肉に舌鼓をうつ、巨大な悪鬼の印象が強い酒呑童子だが、若い頃は絶世の美少年で、寺院に参詣する婦女子たちの人気を独占していたとか……そんな意外な落差も、衰えぬ人気の秘密なのかもしれない。 人によく似ていて、人ではない……鬼と呼ばれる不可思議な生き物の、恐ろしさと美しさをそれぞれ主題とすることで、右の二冊は、かつてない特色を打ち出せたのではないかと思っている。 恐ろしい存在である鬼への畏怖の念と、その一方で、美しく逞しい存在でもある鬼への憧憬と……一見相反するかに見える二つの感情は、奥深いところで、実は分かち難く融和もしているのではあるまいか。 一般的な日本人が「鬼」と聞いて、今日はまず想起するのは、裸体に虎皮の腰巻をつけ、頭部に角をはやした姿であろうが、これは外来の陰陽道思想などの影響によるもの。古代の日本人にとって「鬼」とは、得体のしれない存在(鬼の{おん}とは「隠」に通ずる、即ち「正体不明の存在」なのだとする説もある)であり、王朝期に入っても、「百鬼夜行」の言葉が示すとおり、都大路の夜の闇に君臨する、恐ろしきモノの象徴であった。 さて、先の両書を編むに際して、折にふれ繙いては感銘を新たにするとともに、新規の鬼アンソロジー編纂への意欲を鼓舞してくれた、仰ぎ見る手本というべき書物があった。作家の夢枕獏が、一九九一年に上梓した『鬼譚』(ちくま文庫)である。同書は、今昔物語集の昔から坂口安悟や小川未明の文豪怪談、さらには手塚治虫のSF漫画まで、夢枕独自の審美眼によって選び抜かれた名作十五篇を収録しており、その目配りの幅広さといい、自由闊達なセレクションの妙といい、古今の鬼アンソロジーの里程標というべき陣容を備えている。 また、鬼に関する歴史的名著である、歌人、馬場あき子の『鬼の研究』(ちくま文庫)は、一九七一年という極めて早い時期に出た鬼学研究の先駆であり、鬼という存在の歴史的・文学的変遷をいち早く踏まえた、基本図書中の基本図書である。初版単行本以来、私も何度となく読み返してきたが、一向に色褪せることのない、深い学識と「般若=女鬼」に寄せる共感の念に、心を打たれる。すでに「古典」的な風格を備えた名著といって過言ではあるまい。 鬼学研究に必要な基本図書を、もう一冊あげておこう。文化人類学者・小松和彦の責任編集による『怪異の民俗学4 鬼』(河出書房新社)は、折口信夫や五来重、高田衛、そして右の馬場あき子ら、日本民俗学から古典文学まで幅広い分野にわたる、鬼学研究の先覚者たちによる先駆的論考の数々をぬかりなく収めた、重厚な趣の一環だ。小松和彦氏の解説の一部を紹介して結びとする。 <鬼は一言でいえば、「恐ろしい存在」であり、「怪異」の表象化したものであった。田中貴子などがいうように、「怪異」あるいは「闇」は、「鬼」と名付けられることによって言語の世界にからめ取られ、「他者」として独立し、図像化されて、人間が統御可能なものになっていたものであった> (ひがし・まさお)
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May 9, 2024 04:52:39 PM
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