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カテゴリ:文化
『虫めづる日本の人々』展 サントリー美術館 学芸員 宮田 悠衣 身近な小さい生き物に 目と耳を傾け、楽しむ文化 古来、日本美術にとって、虫は重要なモチーフであった。特に、『源氏物語』には鈴虫や蛍が度々登場し、登場人物の心情を表す重要な役割を果たしている。 例えば、《野々宮蒔絵硯箱》(サントリー美術館蔵)には、合計で3匹の鈴虫があしらわれているのだが、これは本作が題材としている『源氏物語』『賢木』において、庭で鳴く鈴虫に六条御息所の心情が託されているためである。「賢木」において六条御息所は娘の斎宮とともに伊勢へと下向しようとするが、光源氏が六条御息所を翻意させようと訪ねてくる。やはり離れがたく思ってしまう六条御息所の心は乱れ、「おほかたの秋の別れも悲しきに鳴くねな添へそ野辺の松虫」(『源氏物語』での松虫は今の鈴虫)という和歌を詠んでいる。 こうした物語の点景として重要な役割を果たしてきた虫たちは、江戸時代においても愛でられていたようである。虫の音を楽しむ文化は宮中ではぐくまれたのち、庶民にも広がった。歌川広重《東都名所 道灌山虫聞之図》(太田記念美術館)には、捕まえた虫を母親に自慢する子供の姿や、茣蓙を敷いて月とともに楽しむ男たちの姿が描かれている。また、昇斎一景《東京名所三十六戯撰 根岸の里》(東京都江戸東京博物館蔵)には、蛍を追って大人も子供もはしゃぐ様子が描かれており、ユーモラスである。 江戸時代は虫を見つめる視点が進化し、精微な博物図譜が多数制作された。写生のためにやむなく殺してしまった虫を手厚く弔うことを望んだ虫好きの大名・増山雪斎による《虫豸帖》(東京国立博物館蔵)や、トンボ、チョウ、ヘビ、カエルなど合計30匹以上の虫が登場する喜多川歌麿『画本虫撰』(千葉市美術館蔵)など、現代の博物館にも引けを取らない作品が登場する。 今や人気絵師となった伊藤若冲も、その生涯において繰り返し草虫図を描いている。その中でも晩年の作品である重要文化財《菜蟲譜》(佐野市立吉澤記念美術館蔵)は、精微な虫の描写と、巻末に登場する蝦蟇のように晩年の若冲が生み出したまるでキャラクターのような虫たちが共存する、魅力的な作品である。 なお、虫とは、現代の昆虫とは異なり、身近にいる、蠢く小さな生き物は全て虫とされていたようである。そのため、本展ではヘビやカエルを題材とする作品も展示している。虫と人との距離が今よりももっと近い、豊潤な江戸の虫美術の世界を是非ご堪能いただければと思う。 (みやた・ゆい)
【文化】公明新聞2023.7.19 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
September 11, 2024 05:26:27 AM
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