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カテゴリ:歴史と文学
もう今日は物理はいいです、さすがにいやになってきた、もう頭になにも入らん・・・・ってことで、ガラっと変えて、 謡曲五番目物の 黒塚 ・・・・・・・変わりすぎ?? 謡曲とは、能の脚本のことです。 正式な能は五番立てで、五番目物は切能といい、鬼女、妖怪もの。 その中のひとつ黒塚とは、安達ヶ原の鬼女伝説を題材にとったもの。観世流では安達原というらしいです。 旅の僧が一人住まいをしている老婆に一夜の宿をかりようと、頼みます。 老婆は承知したものの、自分の部屋はのぞかないで欲しいと、釘をさします。それを不思議に思った連れの僧が、のぞいてみると、そこには白骨の山が。 これがウワサの安達ヶ原の黒塚の鬼女か、と二人は逃げ出します。 それを追う、 いや~ん、待ってぇ、あたしを独りにしないでぇ~ん(ウソ) と、 僧が必死で呪文を唱えると、鬼女はうなりながらも大地に消えていきます。 なんか、3枚のお札 と似たような話ですね。 で、みなさま伊達正宗はご存知でしょう? 彼は蒲生氏郷に自分の領地をとられたものだから(会津は秀吉によって小田原参陣に遅刻した罰として正宗からとりあげられ、氏郷に渡された)、ことあるごとに氏郷にイチャモンをつけてたわけ。 例えば境界線について。 阿武隈川をはさんで、この安達ヶ原と黒塚があるわけだけど、安達ヶ原は蒲生領で、黒塚は伊達領と主張。 氏郷は少しもあわてず、 みちのくの安達ヶ原の黒塚に 鬼これもりと人や見るらん と、平兼盛の歌を出し、黒塚は安達ヶ原に属すとして、この境界線争いに勝ってます。 会津は会津塗りが有名ですが、これはもともと近江日野出身の氏郷が、会津に移るときに京の漆器技術を一緒にもっていったからだとか。 会津若松って私一度、行ってみたいんですけどね~。 会津若松城、藩校日進館、白虎隊の飯盛山、城下の神社仏閣見学、喜多方ラーメンを食べ、温泉につかって・・・・・・ いいなぁ~。誰か連れていってくれ~。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.10.03 05:54:16
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