97.嘘と逢瀬と
キミが来られるという日には、先にラジオ出演が決まっていた。しかも明後日。仕事を土壇場でキャンセルするのは、もちろん許されない。親の死に目にも会えないと言われるこの業界で、それは引退をも意味する行為だ。もちろん、局にも多大な迷惑をかけてしまう。たとえ、未来(みく)に頼んで、私より人気がある人を代役に用意したとしても。でも・・・この日を逃したらいつまたキミと過ごせるか判らないよね。だから、咄嗟に思いついたことを実行していた。私をいつもブッキングしてくれる番組ディレクターに電話をした。「瑠璃です。あの、明後日の収録、いつものように3本録りでしょうか?もしそうでしたら勝手なお願いで申し訳ないのですけれど、ラストに回していただけないでしょうか?」初めてだった。こんなことを言ったのは。 だからなのか相手は事情を聞いてくれる。「お世話になった方の告別式で、できれば列席したいんです。でももちろん無理でしたら結構です」電話をかける前に、友引ではないことを確認した自分が信じられない。どんなことをしてでもキミに逢いたかった。 今の私にとって、キミとの逢瀬よりたいせつなものはなかった。「う~ん、すぐに調整してみましょう。他のゲストが繰り上げられるかどうか判らないですけれど」キミに返事のメールを打つのは、結果が出るのを待ってからにしよう。それまでは、打ち合わせをしていたからマナーモードにしていたと、後で聞かれたら言おう。心臓がドキドキ鳴っている。いけないことをしてしまった。 ひどい嘘。局の人からの返事は、2時間後に来た。「3時からの録りの人は1時に繰り上げられますけれど、5時からの人は無理なんですよ。告別式は何時から、どこでですか?」ということは、当初11時に家を出なくてはならなかったのが、1時に変更できる。響司は「11時頃に着く」「3時に出れば仕事に間に合う」そう言った。2本動かせれば3時まで一緒にいられる。でも2時間でも逢えるのなら、それでもいい。「はい、1時から落合なので、最初の方に列席すれば3時少し前には入れます」口から出まかせ。 ・・・自己嫌悪。「すみませんね。お見送りまでしたかったでしょうけれど、どうにも動かせないようで」キミにメールを打つ。「3時からラジオなの。だから1時には出ないといけないんだけれど、逢いたいよ!」「それなら行く時間を早めるよ」 そう言ってほしかった。電話がかかってきた。「じゃ、2時間しか逢えないけれど、行くね。その後、瑠璃の部屋で少し時間を潰していい?」やっぱり私の想いの方が、キミを超えている。昔のキミなら、早朝にだって来てくれたよね。 淋しい想いは打ち消せない。食事を用意しておこう。 キミが好みそうなもの。掃除も念入りにして、テラスの花も増やしておこう。ソファーカバーも、ベッドのシーツも、洗濯してアイロンをかけよう。久しぶりにキミが来る。 新たな深い絆を刻むために、私はどうキミに接したらいい? いろいろ考えながら、やがて夜明けを迎えていた。 逢えるのは明日。