「原水爆禁止宣言」の精神。^^
「ルージュ変え 気分転換 夢気分」 高尚なものは難しく感じられる。しかし、少しずつ ゆっくりと じっくりと読んでいくと 良く解かるし、道標ともなる~と思います。^^ 1月26日 SGIの日記念提言「生命の変革 地球平和への道標」SGI会長I氏~(抜粋)(昨日からの続き~) 強大な破壊力、殺傷力ゆえに、種としての人類の存続、地球文明の運命にさえも とどめを刺しかねない この黙示録的兵器の本質を、イデオロギー(思想傾向、政治や社会に対する考え方) や社会体制を超えた人間の生命次元、その深みから浮き彫りにした洞察は、その2年前に発表された、有名な「ラッセル・アインシュタイン宣言」の一節と、通底(つうてい)するものであるといってよい。 「私たちは、人類として、人類にむかって訴える~あなたがたの人間性を心にとどめ、そしてその他のことを忘れよ、と」(<核の傘に覆われた世界>久野収編、平凡社) 仏法者である戸田会長が、なぜ原水爆禁止なのか、それがなぜ、将来を背負う青年たちへの"第一の遺訓"なのか、正直いって、弘教(ぐきょう)ひとすじに走り続けていた当時の若い人たちにとって、新鮮な驚きと同時に、唐突(とうとつ)な感もあったと思います。 "宗教的な使命"といっても、単独で存立するものでもなく、広く"社会的・人間的使命"により補完されて初めて完結する、「立正安国」という日蓮仏法の深義までは、なかなか思い及ばなかったようであります。 逆にいえば、そこにこの「宣言」の意義、先見性があるのであり、核兵器が今なお人類の生存を脅かし続けている現状からみれば、なぜ恩師があの時期、あのような布石を打たれたのかということの重みが、ひしひしと実感できるのであります。 以来、我々(SG・SGI)は、「原水爆禁止宣言」の精神にのっとり、地道な活動を展開してきました。1974年には、恩師の遺訓を継いだ青年たちが、原水爆禁止1000万署名を達成。その署名簿は、翌75年、私の手で国連に提出いたしました。 また、「核兵器~現代世界の脅威展」(国連広報局、広島・長崎市と共催)を、82年の国連本部を手始めに開催し、96年に内容を一新して開催された「核兵器~人類への脅威」展と合わせて、旧ソ連、中国などの社会主義国を含む世界24カ国39都市で開催。見学者は、つごう170万人を超え、展示を通じて核兵器の恐ろしさ、残虐さをアピールしてきたのをはじめ、各種各様のイベント開催に取り組み、平和とくに核軍縮・廃絶への国際世論の形成に向け、尽力してきました。(~つづく) guu~運転中携帯鳴る。予定中止の連絡あり。当初、エキサイティングに夕食作り、そして、お出掛け~とイメージを描いていた。 予定が変わったので、帰宅後はすぐにパジャマに着換えたろ。^^ワテがこの姿でも、娘も夫も、何にも言わんなァ。調子悪いかも知れんのだよォ。