ハングリーな友達
幼馴染のエムちゃんとは幼稚園から高校まで一緒だったけど実際によく遊んだのは中学までで、高校卒業後、成績優秀だったエムちゃんは東北の大学へ進学し以降、音信が途絶えていたのですが、社会人になってひょんなことから再会しまた連絡を取るようになったのが約4年前。*****************************************今彼女は結婚して東京に住んでいるため、私は連絡をとって昨日一緒にご飯を食べに行ったんです。ひととおりたわいもない話をしたあと、エムちゃんがこんな話を始めた。****************************************エムちゃんの家庭は母子家庭で4人姉妹の2番目。特に子供たちの成長期は、エムちゃんち、家計が大変そうだなと、私は幼心にも思ったものだった。エムちゃんが高校3年の受験のとき、センター試験を受けたころと同時に母の膨大な借金が発覚して、電気、ガスは止められ最終的には水道までも止められ、近くの公園まで毎朝顔を洗いに行き、水をくみに行く生活を余儀なくされ、水がでないからお弁当も作れずかといって購買でパンを買うお金もなく、バイト代は借金返済へまわされ、もちろん、進学するつもりで必死に受験勉強していた受験料とその旅費などありもしなくエムちゃんは卒業ギリギリになって、就職を余儀なくされた。就職先は無事に決まったものの、エムちゃんの本意に反する結果であってそのショックは計り知れなかったそう。そんなとき、救いの手を差し伸べてくれたのが担任の先生。返済はいつになってもいいから、と、受験料とその旅費を貸してくれたそう。エムちゃんはそれで受験をし、合格し、進学をした。********************************************そこで問題になるのが、就職内定。大学と違って、高校での内定は学校推薦あってのことのため蹴ることは、来年の企業からの求人に大きな影響が出るため職員会議が開かれ、校長ともどもその内定企業へ出向き事情を話し謝罪をし、丸くおさまったそう。そこの社長も心の広い人で、全てを受け入れ励ましてくれたそう。********************************************春からエムちゃんの大学生活はスタートしたわけだけどエムちゃんの毎日は本当に忙しかった。入学後、最初のバイト代でまず、すぐに先生にお金を返しに行った。学費と生活費を稼ぐためにバイトをし、学費免除の対象になれるよう、勉強して4年間トップ成績を保ち4年間免除されたそうだ。首席で卒業し、万が一のために貯めておいた学費は1学年下の妹の進学費用にあてた。卒業後は地元に戻り、薬やさんで働くこととなった。***************************************4年たっても母の借金は返済しきれず弁護士が破産宣告を勧めても、男性張りに収入のあった母は断固拒否し働いて返済してはいるものの、とてもじゃないが返済できる額ではなかったそう。働いても貧しさは変わらず、その頃にはそう鬱気味だった母は気分の波が激しく、さっきまで怒っていたかと思うと泣き出したりエムちゃんのところへお金を貸して欲しいという電話のときは懇願するようにかけてきて、戻る当てのないお金をエムちゃんはいつも母に渡していたそう。そんな日が5年は続いた。エムちゃんは働いても働いても、お金は母へ渡したり借金返済にまわされたり。*************************************そんなある日、母が脳溢血で倒れた。体にマヒがのこり、今は身体障害者になり、障害者年金と保護で生活している。こういう体になってやっと、母は破産宣告に承諾をし今では一番上の姉が面倒を見ながら地元で一緒に暮らしているそう。先日、一番下の妹も結婚し、3番目の妹は子供も3人いてそれぞれが自立した生活をしているらしい。若い頃に否応ナシにどん底までつきおとされた彼女にとってちょっとやそっとのことはビクともしないそうで強い強い精神力をもっている。***************************************この話を昨日聞くまで、エムちゃんって努力家でバイタリティがあるよなっと思っていたけどその根底に、こんなすさまじい生活があったなんてみじんも思わなかった。3年前、久々にエムちゃんに再会して、一緒にご飯を食べたとき雰囲気変わったな、とは思った。こう、肩ひじ張って、一人で頑張っているようなガードが固くて、人に見下されないように頑張っているというか。それは昨日も感じたことで、それが私の知っているエムちゃんにはなかったトコだったからずっと話しにくさを感じていたとこだった。誰もがいつまでも子供の頃のままじゃないもんねと、自分に言い聞かせ、そんなエムちゃんに合わせたりなんだりして昨日はそれなりに楽しくご飯を食べていたけれどもそんな話を聞いて、そしてそのあとコーヒーを飲みながら聞いたエムちゃんの悩みを聞いてもっと肩の力抜きなよー。と思った。***********************************一度味わった辛いことや大きなショックを克服するのは本当に大変なことで、勇気がいることだけど私がその辛さを聞いてあげて助けになれるなら喜んでするよ、と思った。彼女からしてみれば、親の好意を悪用(?)している子が許せないそう。その家庭の勝手だけど、気分が悪くなって仕方がないらしい。今はもう30代になり落ち着いてきたものの、現役の学生の頃はむしずが走ったそうだ。私も何人かのそういう人に出会った。一度社会に出ているにもかかわらず、親の金でアメリカ留学しカードで服や靴や好きなものを買いまくり「英語わかんなーい」と勉強もせず半年後の帰国前には「最後だから」とアメリカブランドの服を買い込み帰国後は「やっぱ日本が一番だよ」と行っていたIちゃん。働いて親と同居しているにもかかわらず私の友達のプラダのバッグを見て「これ、かわいいね、お義姉ちゃん。私も欲しいナ」と言ったかと思うと、次回あった時にはちゃっかり親に買ってもらっていた友達の義妹ちゃん。家事洗濯子育て一切せずに、独身時代は親、結婚後は旦那の収入でブランドバッグを買い込み、おしゃれして毎日のように出かけ遊びまくっている同級生のKちゃん。私も親と同居をしているので、自立しているとはいえないけれど少なくとも、自分のほしい物、したい事のためには自分でどうにかやってます。そんな人たちが年だけとって、精神的に発達していかないって恐ろしいよなって思いました。*****************************************エムちゃんのハングリー精神には、頭が下がりました。