トイレにこもる住人
前にも書いた私の住むビルだが、ここは元々ホテル式の女性専門アパートだった。90年代半ばにオーナーが替わり、女性専門のアパートからツーリスト向けのホテルに改装しようとした。そこで無理矢理追い出そうとハラスメントが行われ、それを私たちが訴えてオーナーは刑務所行きとなったわけだが、実はオーナーが変わった時点で多くの女性たちが追い出されている。その人たちは家賃が滞っていたから出されたのだが、その中に一人、オーナーが必死で追い出そうと試みて失敗した人がいる。イブという名前の60代の黒人のおばさんで、その人は私のフロアに住んでいて、回りからはかなり敬遠されている。その理由はその体臭というか強烈な臭いにある。何しろ彼女がいなくても彼女が居た形跡が臭いで分かるというすさまじさだ。部屋もネズミとゴキブリの巣窟で、窓にはハトが巣を作り、部屋の中はゴミだらけらしい、もちろん何人も立ち入ることもできない状態だ。仕事をしている様子もないが、いつも大きなゴミ袋のようなものをいくつも抱えて夜中に帰ってくる。なぜイブが10年以上前、オーナーが変わった時点で追い出されなかったのか。彼女は家賃を払っていないというし、オーナーから見て一番に追い出したい人物だったに違いない。しかし彼女は精神病の患者であると認定されたこと、年齢、そして20年は住み続けているという居住権の行使から10年前に追い出されることから免れたという。しかし監獄から出てきたオーナーも負けてはいない。なんだかんだと理由をつけて彼女を追い出す作戦を立て続け、ついに三ヶ月ほど前、実力行使を始めた。彼女の部屋をロックアウトして入れなくしたのだ。それから彼女はどうしたか。なんと彼女は廊下にある1畳ほどのバスルームに立てこもったのだ。それが7月だから、かれこれ4ヶ月の間、彼女はバスルームに籠もっていることになる。昼間、廊下のバスルームを通ると使用中に見せかけているのかファンの音がずっとしている。たまに同じフロアの公共キッチンに食物を探しに出て来るという。先月、私が部屋にいるとき、警察からか支庁からか、男の人が来て名前を呼びながら何度も彼女の部屋のドアを叩いていたことがあった。どうやら彼女がバスルームに立てこもっていることを知らないらしい。イブは夜中にドアマンがいないときに外にでたり、入ったりしているというが、しかしこの先もバスルームに籠もって生活していくつもりなんだろうか。ツーリスト向けのウィークリーホテルとは名ばかりのこの建物には、実は他にも道で物乞いをしているお婆さんがいる。このお婆さんは家賃を払っているそうだ。そういうお婆さんたちが一人、また一人と亡くなっていくことがオーナーの気持ちに明かりを灯すことになるのかもしれない。