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カテゴリ:沖縄
一昨日の琉球新報朝刊(3/21付)にチョット気になる記事が・・・ 9月18日 しまくとぅばの日 条例29日に可決 ~県議会 方言奨励は全国初 県議会(外間盛善議長)の与野党七会派による各派代表者会議が二十日午後、県議会内で開かれ、地域固有の方言の普及を目的とした事業の実施をうたい、しまくとぅばの日を九月十八日と定めた「しまくとぅばの日に関する条例」案を全会一致で決めた。二十九日の本会議で全会一致で可決する。県議会事務局によると、都道府県議会で方言を奨励する趣旨の条例は全国初。 ~ 中略 ~ 決定した条例案は「しまくとぅばは本県文化の基層であり、次世代へ継承していくことが重要」との趣旨で、普及促進のための事業実施や、県・市町村、関係団体に対し、普及促進のための事業を行うよう協力を求めている。 ~ 以下略 ~ 06/3/21付 琉球新報朝刊1面より 記事によると「しまくとぅばの日」を9月18日にしたのは、『く・とぅ・ば(言葉)』の語呂合わせから。 考えてみると、bassken は「しまくとぅば」を話せないし、聞くのもやっと。 bassken の両親は、親父が昭和7年生、お袋が昭和11年生。 右下のイメージ図のような『方言札』の世代。
親父のほうは、方言を聞くことも話すこともできるようですが、bassken の前では一切話しません。お袋のほうは、聞くことはできても話すのは苦手な様子。 また、お袋の両親(bassken の祖父母)は戦前、沖縄から内地のほうへ出稼ぎに行っていたので『琉球人』ということを隠すため姓を「竹盛」から「森」に変えたりといろいろと苦労したようです。 そのせいか、祖父母は一切方言を bassken の前では使いませんでした。 bassken の学生の頃は、さすがに『方言札』は無かったものの「しまくとぅば」を習う機会はありませんでした。(郷土史さえおざなり。習った記憶なし)同級生にしても、標準語交じりの変な方言。 結局、方言を習得することは bassken の人生にはないのでした。 いい例が、沖縄出身者かどうか見分ける方法として「足を踏んでみるとよい」なんてのがあります。 沖縄出身者は、大概「あがっ」といいますが、 うちなーんちゅであるはずの bassken 。悲しいことに「いてっ」と言ってしまいます。。。 そんな bassken も大人になり結婚して細君を娶りました。 その bassken の細君の親戚はみんな方言。 特に70以上の年配の方は、純度100%の方言。 必死に聞いてはいるものの、話していることの半分くらいしか理解できません。。。 で、今苦労をしているわけです。 今回、沖縄県議会が条例化する「しまくとぅばの日」は、ふるさとの言葉を大切にする心を養うにはよいきっかけになりそうです。子供の頃から、親しんでいれば bassken のように苦労することもないでしょう。 郷土のことを誇りながらも、方言さえ話せないのでは・・・はずかしい。。。 bassken も折を見ながら、必死に沖縄の方言を勉強しているのでありました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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