カテゴリ:純情きらりとエール
全国の萌音ファンが、
朝っぱらからキャーキャーいって学校に遅刻しそうな勢いですけど、 大丈夫でしょうか? ◇ ちなみに「カムカムエヴリバディ」は、 いまのところ昭和14年(1939)という設定です。 ラジオからは、 英語講座や、ラジオ体操や、 藤山一郎の「丘を越えて」や、 エンタツアチャコの「早慶戦」などが聴こえてきます。 映画館では、 チャップリンの「黄金狂時代」や、 桃山剣之介の「棗黍之丞シリーズ」などがかかっているようです。 … ただし、これらは、 かならずしも当時の最新の流行だったわけではありません。 たとえば、 チャップリンの「黄金狂時代」は大正14年(1925)の映画だから、 当時にあって、すでに14年も前の映画なのです!(笑) そのほか、 藤山一郎の「丘を越えて」も昭和6年の曲だから、 当時にあって8年も前の曲だし、 エンタツアチャコの「早慶戦」も昭和11年の映画で広まったから、 当時にあって3年以上前の漫才ネタってことになる。 この時代はまだ情報が少ないので、 ひとつの流行が今よりもずっと長続きしたのだろうし、 しかも、岡山は地方の都市ですから、 東京や海外の流行が、すこし遅れて入ってきたのかもしれません。 去年の朝ドラ「エール」では、 昭和11年の新人歌手オーディションのときに、 久志(山崎育三郎)が「丘を越えて」を歌っていました。 ◇ 一方、 時代劇役者の"桃山剣之介"ってのは、 今回のドラマオリジナルの架空の人物です。 モデルはたぶん長谷川一夫じゃないかと思います。 長谷川一夫は、 当時の「時代劇六大スタア」の中でもいちばん若くて、 しかも女形出身のヤサオトコでした。 昭和10年に「雪之丞変化/第一篇」がヒットすると、 同年にその「第二篇」が公開され、 翌11年の「解決篇」までシリーズ化されています。 さらに昭和14年になると、 あらたに「雪之丞変化/闇太郎懺悔」が公開されるので、 これが当時の最新流行だったといえるのですが、 ただし、この映画にかんしては、 主演が長谷川一夫から坂東好太郎に代わっています。 ◇ 日中戦争は、すでに昭和12年に始まっています。 ラジオでは、 5月11日のノモンハン事件を伝えていましたが、 岡山市内には、まだそれほど戦争の影が目立っていません。 けれども、 「純情きらり」や「エール」のことを思い出してみると、 愛知や東京のような都市部では、だいぶ事情が違っていた気がします。 東京では、 すでに昭和12年の「露営の歌」以降、 古山裕一/古関裕而(窪田正孝)は戦時歌謡ばかり書くようになっていたし、 昭和13年になると、 西園寺先生(長谷川初範)も軍歌を作曲させられてたし、 池袋のマロニエ荘でも、 若い画家たちが「戦争画を描く、描かない」と揉めはじめて、 八州治(相島一之)は従軍画家として大陸へ渡っています。 同じく昭和13年ごろには、 愛知の岡崎で特高警察が活発になっていて、 笛子(寺島しのぶ)が学校で「源氏物語」を教えたり、 冬吾(西島秀俊)が「資本論」を読んだだけで目をつけられていた。 そして昭和14年には、 杏子(井川遥)が特高に逮捕され、 藤堂先生(森山直太朗)は戦地へ出征してしまいます。 ◇ 今回の「カムカムエヴリバディ」にも、 「純情きらり」や「エール」と同様に、喫茶店が登場します。 すなわち、 岡山には喫茶「ディッパーマウス・ブルース」があって、 愛知の岡崎には喫茶「マルセイユ」があって、 東京には喫茶「バンブー」があるわけですね。 いずれも横文字の名前の店で、 ジャスのレコードや、クラシックのレコードを流してます。 しかし、昭和15年ごろになると、 英語も外来語も「敵性語」と見なされるようになるので、 たぶんラジオの英語講座も放送されなくなるのだろうし、 ジャズやクラシックのレコードも聴けなくなるだろうし、 喫茶店の名前も漢字平仮名に変えざるをえなくなる。 安子(上白石萌音)の家の近所の洋食屋さんには、 いまは「オムレツ」とか「カツレツ」とか横文字のメニューが並んでますが、 それさえも書けなくなって、 しまいには喫茶店でコーヒーも飲めなくなるでしょう。 頭のわるい軍人ばかりが我がもの顔で歩くようになり、 本当にいやな世の中になるんですよね。 戦争とは、そういうものです。 ◇ 愛知の岡崎では、 喫茶マルセイユのヒロさん(ブラザートム)が、 バッハの「ゴルトベルク変奏曲」などのレコードを流してました。 今回の岡山では、 喫茶ディッパーマウス・ブルースの柳沢(世良公則)が、 ルイ・アームストロングの「明るい表通りで」のレコードをかけています。 原題は「On The Sunny Side Of The Street」ですね! サッチモの昭和10年(1935)ごろの録音だと思います。 彼は1901年生まれなので、たぶん34才ぐらいの歌声。 そういえば、 桜子(宮﨑あおい)は、 学生時代から「セントルイスブルース/St. Louis Blues」を弾いてましたが、 じつは、昭和14年に、 八州治を大陸へ送る壮行会のとき、 みんなで「On The Sunny Side Of The Street」を演奏しています。 そして戦後になって、 桜子が小学校の代用教員になったときも、 教え子のために「On The Sunny Side Of The Street」を弾いています。 ◇ 最後に、話は変わりますけれど、 安子の家は和菓子屋の「たちばな」を営んでいて、 稔(松村北斗)の家は繊維会社の「雉真キジマ繊維」を経営しています。 岡山県は、 江戸時代から繊維業が盛んで、 実際に戦前から学生服を作っていましたし、 今でも「カンコー」「富士ヨット」「トンボ」など、 大手学生服メーカーが岡山県に拠点を置いていて、 それらが全国シェアの8割を占めているそうです。 まあ、 それは岡山市ではなく、倉敷市なのですが…。 今回の「雉真繊維」のモデルは、 戦後に初の国産ジーンズを製造した「マルオ被服」だとの噂ですが、 これも、やはり倉敷市の会社です。 去年のTBSの「じょんのび」では、 川沿いに江戸時代の蔵屋敷が並ぶ倉敷市のモダンな町並みを、 由貴ちゃんが巡ってました。 すでに萌音の朝ドラ出演が決まってたので、 後輩のドラマの舞台を一足先に視察したって感じ? 一方、 岡山といえば桃太郎の吉備だんごですが、 なぜか和菓子屋「たちばな」には吉備だんごが売ってないようです…。 猿と犬とキジしか食べないからでしょうか? かりに、 棗黍之丞なつめきびのじょうこと桃山剣之介ももやまけんのすけが買いに来ても、 「たちばなじゃ売ってねーよ!」ってことになりそうです。 そのかわり、 特製おはぎ、あんころもち、わらび餅、草餅などが並んでいます。 雉真家の人たちも、 雉キジと名のつくわりには、おはぎばかり注文しています。 ちなみに安子の店では、 「おはぎ」のことを「ぼたもち」とは呼ばないそうです。 「ぼたもち」の呼び方は《春の牡丹ぼたん》に由来していて、 「おはぎ」の呼び方は《秋の萩はぎ》に由来しているそうです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.11.06 16:44:16
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