クレーメル&ツィマーマンのブラームス
「ギドンと一緒だからやれた」ツィマーマンの言葉です。2006年秋、ニューヨーク、カーネギー・ホールを皮切りに、北米、ヨーロッパにおいてブラームスのソナタ全曲を演奏するという、この快挙。そして、満を持してのこの度の日本ツアー。どれほどの人が待ち望んでいたことでしょう。世界的なスーパースターふたりが、長いスパンで同じスケジュールを組み、その期間、互いに拘束されながらも同じレベルのテンションを保ち続け、その研ぎ澄まされた技術による音楽を、完璧に聴衆に届けることが、至難の業であろうことは、素人の私にでさえ想像に難くありません。さて、彼らはどんなステージを見せてくれるのでしょう・・。私の席の前列にはスズキ・メソードの豊田耕兒会長(元ベルリン芸術大学教授)をはじめ、スズキの関係者の方々がずらり。さすがはスズキの地元です。ステージに登場したクレーメルとツィマーマン。今年還暦を迎えるクレーメルは、年齢を感じさせないスッとした姿勢の良さ!演奏は、2番のソナタから。「あら、違う。」そうなのです。私が知っている2番とは全然違うのです。彼が鬼才と呼ばれた所以はこのあたりにありそう。アップ時の独特のボウイング。時々かすれる音。フレーズの捉え方もなんと独創的なこと!あ、、大好きな第2楽章のそこは、もっとしっとりと・・。でも・・これがクレーメルの世界!!それにしても、常に瑞々しい、芯のあるツィマーマンのピアノ!1番も、3番も、想像していたものとはだいぶ違う印象。意外性に富んだ、新鮮なブラームスでした。クレーメルのヴァイオリンは、高音部に透明度が感じられない分、単音でも、まるで和音を弾いているような、いくつもの音が混じり合っているような、複雑で甘美な音色を出します。ジャパン・アーツが頒布したプログラム中、プロフィールの文中では使用楽器は1730年製のグァルネリ・デル・ジェスと書かれ、一方、同じプログラム中、音楽評論家の小林伸太郎氏のエッセイの文中では1641年製のアマーティと書かれている・・・。今日の楽器はどちら!?どなたか教えてくださいませ!3番の終楽章の、目を見張るようなプレストで最高潮に達した聴衆の拍手はなかなか鳴り止まず、アンコールに。1曲目は映画「甘い生活」のテーマ曲。ブラームスを聴いたあとに聴く映画音楽も、クレーメルとツィマーマンの手にかかると、エキセントリックでロマンティック、まるで舌の上でほろほろと溶けてゆく砂糖菓子のよう。そして2曲目。なんと!本来Bプログラムであるフランクのソナタの終楽章!!実にこなれた演奏で、クレーメルはフランクの方が得意なのかも・・。カノン形式の終楽章、きっと私(かのん)のために弾いてくださったのだわと、ひとり悦に入って聴いておりました。ありがと、ギドンさん。終演後、熱烈なわりには行儀の良い田舎の聴衆に感激してくださったのか、急遽、事務局が「10分だけ」と開かれたサイン会。プログラムを差し出す私を、テーブルの向こうから満面笑みで真っ直ぐにじっと見つめてくださり、会場を去る時も、拍手する我々に、にこやかに手を振り、頷いてくださったクレーメル氏。あたたかなお人柄がダイレクトに伝わってきて、直にお目にかかれたことをとても幸せに思いました。クレーメル氏の退場後、遅れて楽屋から現れたツィマーマン氏。事務局の「10分だけ。写真なし、握手なし」のサイン会は、誰もが納得でニコニコ顔。彼は、立ったままサインに応じました。見ると、彼は自前の緑色のペンでサインをしてくださっています。さて、いよいよ私の番。プログラムか、持参のラトルとのブラームスのCDか迷ったのち、プログラムにしていただくことに。サインをしていただく間、思い切って「どうぞ脚をお大事になさってください」と申し上げました。すると彼は、「ああ、それなら大丈夫、もうだいぶいいんだよ」と答えてくださいました。たったこれだけの会話でしたが、「世界のツィマーマン」をとても身近に感じることができた瞬間でした。本当に、早くご回復されますように。大賀ホール、楽しみにしておりますから。ご一緒に列に並んだ、1麻呂のピアノの先生にご挨拶して外へ出ると、まあ、身に沁みるような寒さですこと。寒空に輝く美しい星々を見上げ、今後の人生の宝となるであろう、今宵の夢のようなひとときに感謝しつつ、帰途の高速道路に乗りました。